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今更『天翔記』やってますよ。コーエー定番シリーズ『信長の野望』将星録と天翔記のセット。
実は先月、『信長の野望』の復刻バージョンを買ってしまい、この時期にゲームやってしまってます。



『信長の野望 天翔記 with パワーアップキット』『信長の野望 将星録』コーエー定番シリーズ ツインキャンペーン

(Koei。2001年。2002年。2480円)

戦国時代を再現したゲームとしてはなにはともあれ、このシリーズがもっとも知られていますが、私は途中でゲームとかやんなくなったので、「天翔記」止まりでした。現在、最新版はonlineの「争覇の章」てやつですが、ついていけない私は、懐かしのコレを買ってきました。二つ入ってますが、天翔記ばかりやってます。
天翔記って、バランスがいいんですよね。古き良き時代のシミュレーションゲームの名残がちゃんと残ってるし、城単位で取り合えるし。戦闘もこれくらいの方が私としては好みです。もとは、1994年のゲーム・・・・あー、歳をとったなぁ。
天翔記はシリーズ6作目、将星録は7作目です。現在のonlineは14作品目? MMORPGなので別のゲームです。聞いたところによると、みんなして陰陽師やりたがるとか。





とりあえず、北条でやってみました。自分的江戸ブームなので。てか、江戸の本ばかり見てたら、信長の野望やりたくなったんです。
でも、本来なら家康がこっちに来るあたりからやるべきなのかもしれませんが、昔から北条は使いこんでたので、やりやすいというのもあって北条。やったのは、16世紀前半で北条氏綱の時代。武将たちがバランスよく揃ってるし、ザコ武将も含めて数が多いので関東ではもっともやり易い大名のひとつ。
そういや、かつてこのゲームにどれだけ時間かけてたか思い出すだけで冷や汗が出ますな。会社があるのに深夜までやったりとか。
現在、関東はほぼ制圧。今川とは一切戦わないで、千葉とか結城とか里見とか足利とか滅ぼしていってます。長野県あたりに那須家が陣取ってるので攻めづらく、武田は強過ぎなので、今後は拡大し過ぎて手薄になってる新潟の長尾家に攻め込んでみます。
あー、久々にやってますが、時間を忘れてしまうあの感覚は健在。今でもめちゃくちゃ楽しめますねー。





なぜかスクリーンショット撮るとこんな感じで変になってしまうので、上の方の画面はデジカメでとった写真。
色の処理とかの関係? 『コサックス』のはじめのでもそうだったんですよね。





で、一応少しだけやった『将星録』の方の画面。こっちはスクリーンショット普通にとれます。一応、大内ではじめたので、西日本。
開発マップと戦略マップが一体化したようなシステム。やりづらい。


参照サイト
Koei(光栄。コーエー) GAMECITY
http://www.gamecity.ne.jp/
信長の野望シリーズ(wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%A1%E9%95%B7%E3%81%AE%E9%87%8E%E6%9C%9B%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA
後北条氏(wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E5%8C%97%E6%9D%A1%E6%B0%8F

関連記事
猛田攻等学校を舞台に超常の力を持った攻校生たちの学園バトル。小川雅史『風林火嶄』第1巻
http://xwablog.exblog.jp/8758027/
後北条氏の重要拠点。北条氏照が作った八王子城の跡に行ってまいりました。
http://xwablog.exblog.jp/7961506/
江戸はどのようにして造られたのか? 鈴木理生『江戸の都市計画』と宮元健次『江戸の都市計画』
http://xwablog.exblog.jp/8672235/
江戸時代に埋葬された骨がいろいろな所から出てくるそのワケは? 鈴木理生『江戸の町は骨だらけ』
http://xwablog.exblog.jp/8630146/
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by xwablog | 2008-06-11 02:17 | 日記
猛田攻等学校を舞台に超常の力を持った攻校生たちの学園バトル。小川雅史『風林火嶄』第1巻
どうも。その日暮らしの穴居人・馬頭で御座います。
なんか、ちょっと前にAmazon.で『Armies of Ivan the Terrible: Russian Armies 1505-1700 (Men-at-Arms Series) 』頼んでみたんですが、同時に頼んだ他の本は届いたけど、これだけまだ届きません。洋書だから遅いのかな?

それはともかく。
すっごく久々に読んだ気がした、これ。

風林火嶄』第1巻
『風林火嶄』第1巻

(小川雅史。講談社。アフタヌーンコミックス。1998年。)
「『攻撃力』と呼ばれる特殊能力を身につけた攻校生たちが集まる猛田攻等学校に転校してきた少女・高坂疾子(こうさかときこ)。変幻自在のセーラー服・楯無を使い、弐年壱組の委員長となった彼女は、猛田の中でのし上がっていく。しかし、校内での抗争において山県が同盟を申し出てきたのを断り、対餓過戦の共同戦線にも不参加という独自の道を行くのだが・・・」

『速攻生徒会』の小川雅史氏が『アフタヌーン』で連載していた、学園バトル漫画。
主人公の猛田攻等学校を学校を武田軍団に、対立する学校を他の戦国大名の国に見立て、「攻撃力」という超能力を手に入れた「攻校生」と呼ばれる少年少女たちが、「攻等学校」で対立と戦いを繰返すというもの。
第一部の主人公の女の子が高坂疾子ということで、高坂弾正がモデル。第二部は、山県昌景がモデルの暴走族・機馬軍団の総長・山県掠がメイン。敵として登場するのが「餓杉大附属 春日山攻等学校」(上杉家!)や「砲条学園」(北条!)だったりするのもいい感じです。
どのキャラクターも魅力的で、台詞まわしなども素敵。すげー、かっこいいのですよ。
残念なことに3巻まで出たところで連載が止まってしまいました。話はこれから謎の部分へ、という感じだったので惜しいところで終ったという感じ。
これ、休載になったのは、ガンダムパロディネタがあまりにも過ぎたからそこらへん煩い本家から文句が来た、という理由があったのでは、と思ってたんですが、今見るとそこまでとは思えないので、作者・編集側の理由かもしれませんね。


参照サイト
月刊アフタヌーン
http://www.e-1day.jp/afternoon/magazine/
高坂昌信
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%9D%82%E6%98%8C%E4%BF%A1

関連記事
くじびき♡アンバランス連載開始!『アフタヌーン』2006年11月号。あと小川雅史『髭の戦士』がとても良い
http://xwablog.exblog.jp/8758017
大茶湯で数寄の天下を取ろうとする佐介なのだが・・・。山田芳裕『へうげもの』第6巻
http://xwablog.exblog.jp/8417794
なんで江戸に幕府が出来たのかに答える。岡野友彦『家康はなぜ江戸を選んだか』(江戸東京ライブラリー9)
http://xwablog.exblog.jp/8401258
後北条氏の重要拠点。北条氏照が作った八王子城の跡に行ってまいりました。
http://xwablog.exblog.jp/7961506/
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by xwablog | 2008-06-10 03:10 | 史劇
メドベージェフの独自性とかルーマニア軍ゲームとか氷室冴子氏死去とか。最近のニュースなど。080604
作家の氷室冴子さん死去(時事通信)
http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2008060600960
6月6日没、享年51歳だそうです。素晴らしい小説をいくつも書いていた氷室冴子氏が死去しました。氷室冴子氏といえば、私にとっては『なんて素敵にジャパネスク』の山内直実氏による漫画版で知った作家さんであり、なによりも古代日本を舞台にした『銀の海金の大地』という傑作で私に衝撃を与えた作者でした。『銀の海金の大地』の台詞とかまだ覚えてますよ・・・。ああ、完結しなかったのが残念です・・・

強い首相の陰、独自色発揮できず=メドベージェフ大統領就任1カ月−ロシア(時事通信)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2008060700228
いや、そんなこと言われても、就任してまだ1か月なんですから、いきなり独自色なんて出せないでしょー? もう、ロシアのこととなると、何がなんでも適当に文句言いたいだけなんじゃないかとか思えますが。
あと、首相は大統領並みの存在だと思うんですが? 首相と大統領で扱いにそんなに差があったら逆に問題のような気もします。

CARPATHIAN CROSSES
http://www.carpathiancrosses.com/index.php?s=news
ルーマニア軍が主人公のゲームだそうです。モノクロ画面というか、セピア調にわざとしてる画面がいいですね。

日本人旅行者の「チベット救え」バッジ、中国当局が没収 (読売新聞)
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/world/n_china__20080604_23/story/20080604_yol_oyt1t00874/
「2人の日本人は誤りを認めた」という、この物言いがまた。

ケニアも祝賀ムード=オバマ氏祖母、勝利に興奮−米大統領選(時事通信)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008060401036
父親がケニア人だとは知らなかった。どこ系だろう。てか、今、ケニア大変な時期だけど、影響するのかな?

温暖化対策などで意見交換 経団連、チェコ政府首脳と(NIKKEI.NET)
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080604AT3S0401L04062008.html
日本経団連の御手洗冨士夫会長とボンドラ副首相の会見。科学的な削減手法を重視する日本だそうです。

ロシアのクズネツォワが4強入り…全仏テニス(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/sports/news/20080605-OYT1T00007.htm
旧共産勢力つえー。

ロシアとの交流マップに 幕末の史実や名所旧跡など紹介 はこだて外国人居留地研究会(北海道新聞)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki/96894.html
北海道のロシアとの関係史は一度ちゃんと調べておきたいものです。

「iPhone」ソフトバンクが販売契約…年内発売の予定(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20080604-OYT1T00827.htm
iPhone、ソフトバンクモバイルから登場--ドコモは「残念」とのコメント(CNET japan)
http://japan.cnet.com/mobile/story/0,3800078151,20374618,00.htm
これなら買ってもいいような気がしてきた。飲み会のときにも携帯の話したけど、やっぱ値段が問題かな~

救援物資積む米軍艦船、軍政の許可出ず撤収へ サイクロン禍(CNN)
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200806040024.html
ミャンマー政府としては大丈夫だし、米国政府としてはイメージ戦略として成功。だれも損しない。・・・・あ、ミャンマー市民は損してますた。

王宮追放の国王の別荘の居住許可、王制廃止のネパール政府(CNN)
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200806040031.html
ああ・・・本当になくなっちゃうのか・・・
まあ、一応国内にいていいということになれば、「王政復古」もありえるか。内戦とかなったりして。

朝の教会で礼拝中、懺悔室で悦楽行為の男女逮捕 ローマ(CNN)
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200806040032.html
が・・・我慢できませんでした!

ろう人形館のヒトラー展示、ベルリン市長が懸念表明(CNN)
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200806030005.html
蝋人形ひとつでもこれだけ慎重になるってのも凄いですね。

イランとジンバブエ両首脳が西側批判、食糧サミットで(CNN)
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200806040012.html

世界びっくりニュース「最も人気のある国」は依然フランス=仏観光省(エキサイトニュース)
http://www.excite.co.jp/News/odd/00081212656201.html
到着した8200万人のうち、1400万人が乗り継ぎ客、6800万人が最終および主な目的地がフランス、だったそうです

女子大生のスカーフ着用違憲 トルコ憲法裁判断(エキサイトニュース)
http://www.asahi.com/international/update/0606/TKY200806060272.html?ref=rss


関連記事
北欧の王室とかハンガリー製の車とかFARC最高指導者の死亡とか。最近のニュース080525。あと瓶の蓋
http://xwablog.exblog.jp/8660125/
イラン原発にロシアの技術とか57年間貸出とかパキスタン立籠りとか最近のニュース。08年1月下旬
http://xwablog.exblog.jp/7991874/
ウクライナ系ボンドガールと南ア警察と路上爆弾と超中学生と聖なる砂など最近のニュース。08年1月前半
http://xwablog.exblog.jp/7934539/
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by xwablog | 2008-06-07 23:23 | ニュース
江戸時代におけるイギリスのイメージの変遷。T・スクリーチ『江戸の英吉利熱 ロンドン橋とロンドン時計』
web拍手レス
>『家康はなぜ江戸を選んだか』そのうち奥野さんとか誘って「江戸以前の江戸」巡りしましょう@蒸しぱん
ええ!やりましょ〜! 実は前々から企画だけは進行中。今、いろいろ勉強してますので、行った時に会話についてけるようにがんばってみます。
あと、今度、奥野さんと江戸東京博物館に行く予定もあるので、その時もどうでしょう。

>江戸時代の日本とイギリスの関係は興味深いですね。若し日本とイギリスの交流が清国やオランダと同じ位、
>いやそれ以上に継続されていたり、江戸時代の時点で日本人の方からもイギリスへ往く事が大々的に
>続いていたりしたら(江戸時代の日本人の目から見たヨーロッパ論が出される等)一体世界はどのように変わっていたのだろうか……
>なんてふと考えてしまうのですよ。
> by 萬の川も海に集う
それはありますね〜。鎖国なんかしないでいたら、もっと面白いことになったかもしれないのに・・・
世界史的な影響も何かあったかも。
けど、あの鎖国の状況下で選んだ相手がオランダだったというのも面白いですね。

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江戸の英吉利熱 ロンドン橋とロンドン時計

『江戸の英吉利熱 ロンドン橋とロンドン時計』

(タイモン・スクリーチ。訳/村山和裕。講談社。講談社選書メチエ352。2006年。1700円。254ページ)
はじめに 想像の交易
第一章 平戸商館にて
第二章 布、鎧、ポルノグラフィー モノの交易をとりまく逸話
第三章 時計に憑かれた江戸っ子
第四章 江戸のロンドン
第五章 海を渡った美術品
第六章 絵の国イギリス
第七章 帝国主義イギリスの登場 憧憬から恐怖へ
結び 二重の歴史の物語
参考文献


記録に残る初来日のイギリス人は1600年にやってきた三浦按針ことウィリアム・アダムスですが、それ以降、イギリスと日本の関わりは思ったより深く、実際の交易が出来なかった鎖国時代でも、そのイギリス製品を通じて意外と知られていたようです。この本では、そうした「日本において知られていたイギリス」というものを紹介していきます。書いた人は、イギリス人で日本美術史・江戸文化論の専門家・タイモン・スクリーチ。この人、メチエで『春画』、青土社から『定信お見通し 寛政資格改革の治世学』『江戸の思考空間』などの日本語の本もありますね。はじめ外国人が書いてる本だとは気づかずに読んでましたが、内容は凄い面白いです。

いままで、日本の戦国末期から江戸時代を通じての外国との貿易についてのある程度のイメージを持っていましたが、前に読んだ『海外貿易から読む戦国時代』(武光誠)に引き続き、これを読んでそれがガラリと変わりました。
イギリスと日本の交易は、江戸時代初期にわずかな期間だけ行われるのですが、1613年から10年間も商館を設置して本格的に交易をしていたイギリスが、1623年に平戸の商館から出て行くのは、収益があがらないため自分たちから出ていったのであって(あと、アンボイナ事件が影響してる)、鎖国はその後のことでした。(まず、ここらへんから「鎖国によってオランダ・中国以外が閉め出された」という思い込みが自分にあったことが判明)
再度戦略を練り直して帰ってくるつもりだったイギリスは、ピューリタン革命の混乱のため余裕がなくなり、次に来れたのは1673年のリターン号来日の時でした。しかし、この時はすでに鎖国時代に入っています(鎖国は家康じゃなく秀忠が父の死後に行ったわけです)。せっかく来たのに鎖国政策によって貿易が許されなくなるのですが、その理由としてイギリス国王チャールズ2世がポルトガル王女と結婚した、という点が重視されました。ポルトガルはカトリックで非常に警戒されていたわけで、この宗教的な問題が焦点となってイギリスも駄目ということになってしまったでした。
これ以降、1808年のフェートン号事件までイギリスは、出島経由の情報だけということになるのですが、それでも想像以上に知られた国になっていきます。
それはなぜなのかといえば、17世紀後半からオランダは衰退期に入り、18世紀のイギリスとなるともう絶好調の全盛期に入っていき、日本に流入してくる南蛮商品もイギリス製品が多くなるからだそうです。当時、オランダ船との交易で取引された商品の中でも、メインはどうやら東南アジアから運んでくる砂糖とかだったらしいのですが、それ以外にもオランダ本国経由でイギリス製品の時計とかが大量に持ち込まれています。江戸時代に時計やガラス製品(特にメガネ)はたくさん取引されたようです。これらは18世紀後半から科学技術の最先端をいっていたロンドンの製品が多かったのです。ロンドン塔の時計を見ればわかるように、当時はスイスではなくイギリス・ロンドンが時計製造の中心地だったわけですね。こうしたアイテムを江戸時代の人びとは珍しがって重宝したわけです。
これらの製品の他に、さまざまな本や絵画も日本に来ていますが、それらから手に入れた情報は意外なほど人びとに知られていて、江戸時代の人が江戸とロンドンを比較して論じたりとかもしてるようです。ともに当時の世界で桁違いの最大の街でした。そして、共に街の象徴として橋を持っていました。ロンドン橋と日本橋です。橋という公共建造物が街の中心的存在としてイメージされているのは面白いですね。江戸時代の人がロンドン橋について知っているということも面白い。
こうして、凄い街ロンドン・凄い国イギリスが知られていき、憧れのようなイメージすら持たれるようになるわけですが、これが19世紀に入り幕末に近くなってくると事情が変わってきます。なにせ、すでに世界の各地に植民地を持ち、帝国主義むき出しで高圧的にやってた時代ですから、日本国内にもそれを感じとって危機感が出てくるわけです。その状況はフェートン号事件やらで格段に緊張していきます。
面白かったのは、17世紀にはイギリスとポルトガルの繋がりが問題になったのに、今度は19世紀になるとイギリスとロシアの同盟的関係が問題になってくるところ。ラクスマンやレザノフの来日なども重なり、イギリス・ロシアが示し合わせて南北から進出してくることを想像したわけですね。
1813年にはラッフルズの派遣した船が長崎に来るのですが、やっぱりこれも拒否してしまい、結局明治維新の開国まで正式な交易・国交はありません。

こうしたイギリスに対するイメージの変遷があったということですが、これはその後の薩英戦争やら日英同盟やらでまた変わっていくのでしょう。この本では、ラッフルズの派遣した交渉団の話あたりで終ってるので、江戸時代のイギリスイメージについての本、ということになります。
なかなか興味深い点がいくつもありますので、江戸時代の日本と外国との関係を考える上では是非読むべきかと。

これ以外にも面白い話がたくさん載ってました。
イギリスのことを当時の日本では「アンゲリア」と呼んでいたようで、これを「諳危利亜」「諳厄利亜」などと書いたそうです。スクリーチ氏は、ウィリアム・アダムスの「三浦按針」の「按針」は「水先案内人」の意味じゃなく、「諳人」、つまり「アンゲリア人」の意味じゃないか、とも書いています。なるほどー。
あと、1623年にイギリス商館が一時閉鎖される時、徳川家康に退去の挨拶をしにいったのは1610年にハドソン湾を見つけたヘンリー・ハドソン氏の息子リチャード・ハドソンだったとか。彼はまだ少年だったけど、日本語を習得させられていたそうです。(ちなみにヘンリー・ハドソンはあのモスクワ会社に雇われていたことがある。ハドソン湾発見の時はイギリス東インド会社に。ともに北方航路の発見のために働いたわけです)
イギリス商館長のコックスは、日本にあったかい服がないことに着眼し、毛織物(当時のイギリスの主要輸出物)を輸入しようとしたけど、なぜか売れなかったそうです。そういや、日本は家屋や服は夏の蒸し暑さの方への対応重視で、寒さについてはほっとかれてますね。日本で売れた物は、当初は武器や絵画などでしたが、絵の中でもポルノグラフィーと戦争画が売れたそうです。海戦ものは特によかったとか。その後、武器の輸入は厳しく制限されてしまったわけですが、武器の描かれた絵すら禁止されたそうです。逆に、日本からの輸出品で人気があったものに、着物やら屏風やらがあったそうです。屏風は今だと「スクリーン」ですが、当時は「ブーブス」「ビォーブス」と呼んだそうです。
ウィリアム・アダムスはイギリス人ですが、日本に来たのはオランダの商船団に雇われてのことだそうです。当時、イギリスは海外進出に一歩遅れてたわけです。なので、彼が雇い主であったオランダ東インド会社のことを優先することをイギリスの商館長だったセーリスは憤慨したりしてます。
ウィリアム・アダムスと一緒に漂着したヤン・ヨーステン(耶楊子)は、フルネームをヤン=ヨーステン・ファン・ローデンスタインと言うようにオランダ人です。三浦按針から「按針町」と名付けられたように、ヤン・ヨーステンが「八重洲」の地名の語源になったのはまあ、知られていますが、彼のようにオランダ人は世界各地に住んでたわけで、ロンドンでも彼と同じ名のヨーステン某という人がいて、その人の名前からロンドン市内の地名ユーストンが来てるとか。
17世紀のイギリスの海軍大臣で、サミュエル・ピープスという人物がいますが、この人が赤裸裸に書いた『日記』があって(日本でも訳されたものが出てる)、その中で、日本の着物を来て肖像画を描いてもらったとあります。まあ、それはいいんですが、その日記の中に名前が出てくる本で『少女学園(Ecole des filles)』(匿名、1655年)というのがあるそうです。これは、当時よく知られたポルノ小説なんだそうですが、なんかタイトルの付け方が今に通じるとか思いました。
江戸にやってきたイギリスのからくり・機械類の中で、ラッフルズの派遣した船が持って来た公運儀というのがありまして、これはいわゆるプラネタリウムとかワールド・マシンとかオレリーと呼ばれる機械のこと。惑星の動きを再現できる道具なんですが、この話のとこに三代目の製造者ロウリーが作ったオレリーの一台はピョートル大帝に贈られたと書かれてました。ちなみに江戸時代中期に天文学が流行ったのは、暦を改めるために調べなくてはならなくなったからだそうです。でも、その根本の理由がここには書いてない。どうやら「改暦」というやつらしい。今まで使ってたのが800年前のまんまだったので、ずれが大きくなってきたから、これを直すため天文学が重要になったとか。デ・ラランデも読まれたし、ジョン・ケイルの本も訳されたとか。コペルニクスは「刻白爾」「亥白爾」(こっぺる)だそうです。「刻白爾ナル者、西洋波邏泥亜国(ホログネ国=ポロニア=ポーランド)登法爾(トホウルン)ト云所ノ人也、・・・」と『亥白爾天文図解』という写本に書いてあるらしいけど、そういう実用的な意味で必要とされたのは面白いなぁ。


参照サイト
ウィリアム・アダムス(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%A0%E3%82%B9
リチャード・コックス(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
ハドソン湾(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%89%E3%82%BD%E3%83%B3%E6%B9%BE
ヤン・ヨーステン(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%B3
サミュエル・ピープス(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%97%E3%82%B9
外国名の漢字表記
http://www1.cts.ne.jp/~fleet7/Museum/Muse357.html
日本の暦 近世の改暦(国立国会図書館)
http://www.ndl.go.jp/koyomi/rekishi/03_kaireki.html

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江戸時代の人びとにとって江戸はどう描かれたのか。千葉正樹『江戸城が消えていく 江戸名所図会の到達点』
http://xwablog.exblog.jp/8707031/
戦国時代の貿易を通してみる日本史。武光誠『海外貿易から読む戦国時代』。けど、ちょっと断定的過ぎ。
http://xwablog.exblog.jp/8718748
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by xwablog | 2008-06-05 05:53 | 書庫
江戸時代の人びとにとって江戸はどう描かれたのか。千葉正樹『江戸城が消えていく 江戸名所図会の到達点』
web拍手レス

>私もこれが読みたいのですが未入手です。類書になるかわかりませんが
>風景とは何か—構想力としての都市 (朝日選書)内田芳明はフーコーをつかった景観論です。
>篤姫ブームですが、フジテレビ版大奥になぜか江戸城天守閣が映っていて、ストーリー
>全体が高度の虚構であることを視聴者に示す良心的な工夫だと笑ったことがあります。
>(骨だらけ=サラゴサの者)

・『風景とは何か』は社会学からのアプローチのやつですね。なかなか面白そうですね。イーフー・トゥアンのみたいな内容?
・時代劇はイメージ重視ですから〜

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『江戸城が消えていく 『江戸名所図会』の到達点』
(千葉正樹。吉川弘文館。歴史文化ライブラリー239。2007年。1800円。255ページ)
江戸イメージの交錯---プロローグ
上方の視線 『江戸名所記』の平和(新都市見物、画像の工夫と混乱、武装する人びと、『平和』の啓蒙)
ゆがむ江戸絵図(「絵」と「図」のあいだ、測量図からの離脱、江戸絵図の論理)
『江戸名所図会』の虚実(名所図会の時代、仮想としてのリアリティ、国土の中心、地誌に忍ばせたメッセージ、江戸の自画像)
みんなの江戸とそれぞれの江戸---エピローグ
あとがき
参考文献

江戸時代の名所案内などに見られる江戸の姿を調べ、そのイメージと現実の違いと、イメージの変遷、その理由とそうした社会を紹介する本。
これ、読んでた時は、凄いいろいろ思ってたことがあったのですが、もう何日か経ったせいか、あの時起こった情報の結合による閃きのようなものがすっかり無くなってしまいました。また読まないとダメかも。もうね、いろいろあったせいか脳みそがうまく動かないよ・・・・
「我々の持つ江戸イメージ」と「現実の江戸」という二面だけで江戸を見るのではなく、当時の人たちの考えも入れて見るべきということ。現在のイメージの元には、「理想」と「現実」と、そして当時の人たちの「感覚」としての江戸があったと考えるべきだとかどうだとか、そんなことを思って読んでたはず。もう思い出せない・・・・
でも、凄く面白かったですよ。そういう印象が強くあります。「そうか! そうだったんだっ! そういうことか!」みたいな感覚は凄いあった。

とにかく、今は熱でボーっとしてて眠くてしょうがないので、これについてはまた今度。

参照サイト
吉川弘文館
http://www.yoshikawa-k.co.jp/

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江戸はどのようにして造られたのか? 鈴木理生『江戸の都市計画』と宮元健次『江戸の都市計画』
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江戸時代に埋葬された骨がいろいろな所から出てくるそのワケは? 鈴木理生『江戸の町は骨だらけ』
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by xwablog | 2008-06-03 02:11 | 書庫
江戸はどのようにして造られたのか? 鈴木理生『江戸の都市計画』と宮元健次『江戸の都市計画』
web拍手レス追加
>鈴木氏が江戸前島が円覚寺領で宗教聖地であったと指摘した(かなり昔)ことがおそらく
>呪術的江戸論に影響していると思います。江戸前島とはお玉池のあたりらしいと記憶
>していますが。ですから呪術都市論を叩いておくのは鈴木氏が実証的であるために大事
>ご自分として大事なのだろうと推測します。半蔵門近辺が両墓制の投げ込み谷だった
>指摘をどこかで読みましたが、鈴木氏は資材の水運に適した谷として利用されたと
>強調したかったのでしょうが、ネタとして骨だらけなのが呪術都市論に影響したと思います
>(骨だらけ本をあげた者です)。長文すいません。
いえいえ、長文ありがとうございます。あと、本も紹介してもらってありがとうございます。『骨だらけ』面白かったですよ〜
呪術的江戸論については鈴木氏自身から、というのは面白いですね。「重要なのはそこじゃない」と言いたくもなるということでしょうか。

web拍手レス
> 恐るべしマースターズ。ダンカン・カイルの”呪われた血脈”思い出しました。
カイルというと『革命の夜に来た男』の作家ですね。
そこらじゅうに子供がいるタイプの男性って現在の方が多そうですが、このマースターズ氏みたいなのは珍しいかも。てか、島の住民全員子孫ってのも凄いですね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
江戸の都市計画_鈴木理生

『都市のジャーナリズム 江戸の都市計画』
(鈴木理生。三省堂。1988年。1800円。278ページ)
1 日本列島のなかの東京
2 東京湾と利根川水系 環東京湾地域の原形
3 東京の四つの水系
4 東京湾をめぐる人々
5 品川から江戸へ
6 江戸前島ものがたり 運河都市の成立
7 江戸の都市計画
8 大江戸と東京
9 お台場時代

前に紹介した『江戸の町は骨だらけ』の鈴木理生氏による江戸という都市の成り立ちの解明したもの。
当時流行ってた(そして今も盛んにとりあげられる)呪術的都市建設論を真っ向から否定する現実的な都市論。内容的には『江戸の町は骨だらけ』に被りますが、こっちの方が古い本です。バブリーな時代だったこともからんで、ウォーターフロントの開発とかに疑問視とかそういうのも盛り込んでる。
江戸という町がどういう立地で、どういう環境で、どういう人たちが住んでいたか。そしてそこを開発するにあたって、どうしなければならなかったのか、という都市建設についての至極まっとうなことをちゃんと扱っています。
多水の土地、交易の重要性、土地確保のために海側への進出、下水優先の構造、緩衝地帯としての宗教勢力の利用法、運河の必要性、などなど、疑問に思っていたことや違う理由付けで納得していたことを、「そういう理由か」と目から鱗で納得させるような話が面白く書かれています。どれだけそれが正しいのかは学問的にはわかりませんが、なかなか説得力が有りました。

で、これと同名の本を見つけたので、それについても。

江戸の都市計画_宮元健次

『江戸の都市計画 建築家集団と宗教デザイン』
(宮元健次。講談社。講談社選書メチエ66。1996年。1500円。250ページ)
序幕 幕が上がるまで
第一章 建築家たちの肖像
第二章 黒衣の謎 南光坊天海
第三章 宗教的都市デザイン
第四章 将門の影
第五章 東照宮の方位学
終章 宗教デザインの終焉

これは鈴木理生氏の本とは対照的に宗教的都市建設の面を扱った本。「陰陽道」とか「風水学」とか「鬼門・裏鬼門」とか「四神相応」とか「富士見=不死身」とか「将門」とか、そういうネタで固めてあって、全部、天海の考えということになってます。
作者は龍谷大学の講師だそうで専攻は日本建築史。ですから、江戸初期の建築家集団とかの話も絡めて書いてあって、そういう面では少し新しいでしょうか。
江戸が「七つの丘」に囲まれてるって話はワラタ(上野台地、本郷台地、大塚台地、市ヶ谷台地、麹町台地、麻布台地、白金台地の七つ)。
自分にとって新書とか選書は真面目な本というイメージがあったのですが、各出版社の出してる新書にせよ選書にせよ、意外とアレな本が出てたりする場合もありますね。

で、これ見て思ったのですが、これは『宗像教授』のネタ本のひとつかもしれない。

文庫版宗像教授伝奇考第5巻_星野宣之

『宗像教授伝奇考』第五集
(星野宣之。潮出版社。潮漫画文庫。2004年。571円)
「三年前、宗像教授は新宿の鎧神社で平将門の研究者・相馬良正と出会う。しかし、病身の彼は自分の研究を受け継いで欲しい、と言い残して死亡する。そして三年後に彼の息子・代二郎は父の関係者を集め、追悼旅行を行うのだった。代二郎は父の研究の成果を披露するというが、実はその裏には別の目的があり・・・」

『宗像教授』シリーズの中でも傑作のひとつと思ってる作品「西遊将門伝」は、まさに家康と将門を天海を使って結びつけて話にしたものです。
これ読んだ時は、よくこんな話考えつくなー、とか思ってましたが、実は馬頭が知らないだけで、その手の話は有名なのかもしれないですね。
ともかく、宗像シリーズは面白いので、オススメ。



『X』第18巻
(CLAMP。角川書店。420円)
そういやこれも呪術都市ネタでもありましたね。




あと、『江戸の都市計画』ってタイトルの本は、この二つの他に、童門冬二氏の新書もあるみたいです。

それと、鈴木理生氏のの方の『江戸の都市計画』ですが、これって『都市のジャーアナリズム』ってシリーズの中のひとつで、これの他にも『ドストエフスキーのペテルブルグ』(後藤明生)って本があるのが気になります。

江戸のことでちょっと気になったんですが、江戸って町ごとが木戸や番小屋で分割されていた、という話を聞きますが、それって現在アメリカで流行ってるような「ゲートコミュニティ」みたいな感じなんでしょうかね?

その他、ニュースなど。

この前から書影の画像サイズを大きくしてみました。なんかウチの画面で見るとインパクトに欠けるくらい小さく見えるので。使ってるi-Macのモニタは24インチで、1920×1200。だから、小さく見えるのかもしれませんが、もしも17インチか19インチで見ても大きすぎるという感じじゃないだろうと。でも、ノート型で見たらちょっと大きすぎるかも。どうでしょう?

琴欧洲、横綱へ「もちろん上がりたい」…一夜明け会見(ヤフーニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080527-00000014-sanspo-spo
昨日、たまたまお昼にテレビを見る機会があったのですが、その時、琴欧州のお父さんステファン・マハリャノフ氏が出演してました。あー、なんか琴欧洲ってヴェリコ・タルノヴォ出身らしい。
あと、どうでもいいですが、公式ブログのタイトルは凄いなぁ。

新政権の試金石は「インフレ」、ベンチャーキャピタリスト大坪祐介氏(nikkeinet)
http://veritas.nikkei.co.jp/features/03.aspx?id=MS3Z2600Z%2026052008

19世紀に18歳で英国を飛び出した無名な少年の子孫が世界中から名乗りを上げる — フロンティアが存在しない現代と“男のロマン”考(なんでも評点)
http://rate.livedoor.biz/archives/50629741.html
人に歴史あり。

ベルリン国際航空宇宙ショー開幕、世界40か国から出展(AFP)
http://www.afpbb.com/article/economy/2396960/2970108

「バイクに乗るなと言うことか!」 バイク利用者、怒り。駐車場少ないのに取り締まり激烈…東京では5台に1台が摘発される計算(痛いニュース)
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1132428.html
バイク嫌いも車嫌いも、みんなヴェネチアに住めばいいよ。

「ジャイロコプター」を警察の捜査に活用?ドイツ(AFP)
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2396961/2969684
意外にいいですね、これ。
そういや、日本の警察ももっとヘリを使えばいいのに。


参照サイト
三省堂
http://www.books-sanseido.co.jp/
講談社選書メチエ
http://shop.kodansha.jp/bc/books/metier/
(メチエとは、特に画家や作家の持つ、専門度の高い表現技巧や方法のこと。だそうです)
都市計画家(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E5%B8%82%E8%A8%88%E7%94%BB%E5%AE%B6
琴欧洲公式ブログ 現役ブルガリア人力士琴欧洲が語る『ちゃんこ鍋とヨーグルトって意外と合うんです』
http://kotooshu.aspota.jp/

関連記事
江戸時代に埋葬された骨がいろいろな所から出てくるそのワケは? 鈴木理生『江戸の町は骨だらけ』
http://xwablog.exblog.jp/8630146/
なんで江戸に幕府が出来たのかに答える。岡野友彦『家康はなぜ江戸を選んだか』(江戸東京ライブラリー9)
http://xwablog.exblog.jp/8401258
出てくる人が少し微妙だけど面白い。『日本刀なるほど物語』他。そして『宗像教授』。という記事
http://xwablog.exblog.jp/7480780
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by xwablog | 2008-05-28 03:01 | 書庫
やっとおゆらがアレコレするのですが、ちょっと変な方向に。『Y十M(ワイジュウエム)柳生忍法帖』第10巻
そういや、カウンタがいつの間にか55555の5の5並びを越えてました。

Y十M第10巻


『Y十M(ワイジュウエム)柳生忍法帖』第10巻
(せがわまさき&山田風太郎。講談社。ヤンマガKC。2008年。533円)
「会津城の城下にて対決した柳生十兵衛と芦名銅伯。しかし不死身の肉体を持つ銅伯に打つ手のない十兵衛は降伏せざる得なかった。おゆらの提案で女達を捕えてある雪地獄へと入れられた十兵衛は、ここから脱出を試みるのだが・・・」

芦名衆との対決も最後に近づいてきましたが、頭目の銅伯の不死身の肉体の前に十兵衛が敗れてしまいます。沢庵も捕えられ、女達にもどうしようもないかと思われたのですが、実はとある隠し球がまだあったのでした。
雪地獄の女たちを使い十兵衛を執拗に責めようとするおゆらの謎の執着。意外とあっさりした戦いと、なぜか微妙なエロ展開という、ちょっと拍子抜けな一冊でしたが、さすがに次あたりで決着がつきそうですよ。
最後に捕えられてしまった十兵衛と堀の女たち。銅伯は加藤明成の目の前で彼女たちと十兵衛を殺すつもりのようですが、どうなることか。


その他、ニュースなど。

『ДОЗОРЫ』
http://dozory.ru/
うわ、なにこれ。 IIIの世紀末っぷりとかIVの魔界っぷりが凄いな。サイトそのものも作りが凝ってる。

プーチン氏に党首就任要請へ=与党・統一ロシアが党大会(時事通信)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2008041400906
プーチンが党首ってのはなんかイメージじゃないな。

РФ и Япония ускорят подготовку соглашения об упрощении визового режима(リアノヴォ)
http://www.rian.ru/politics/20080414/105042147.html

毛派が圧勝、第1党に=ネパール制憲議会選(時事通信)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008041400755
インドはこのまま黙ってるのかな。

独ザクセン州首相が辞任表明・州立銀の処理で批判(NIKKEI.NET)
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080414AT2M1402614042008.html
州ごとに首相がいたりするのか。


参照サイト
せがわまさき電脳絵巻 公式
http://homepage1.nifty.com/segawa-page/
柳生ドットコム
http://www.yagyu.com/
加藤明成(wiki)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%98%8E%E6%88%90

関連記事
沢庵が敵の懐へと入っていくが・・・。せがわまさき『Y十M(ワイじゅうエム)』第8巻
http://xwablog.exblog.jp/7463010
壮絶なる忍術合戦! 『影風魔ハヤセ』第2巻という記事
http://xwablog.exblog.jp/7457645
ついに般若面の正体が!? 山田風太郎&せがわまさき『Y十M(ワイジュウエム) 柳生忍法帳』第9巻
http://xwablog.exblog.jp/7933364
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by xwablog | 2008-04-15 03:01 | 史劇
こんな所にあった! 明治天皇御野立所跡の石碑が池袋駅近くに。
(ちなみに、昨日の記事にたくさん追記しました。)

どうも。この前久々に健康診断した時、体重が二年前より数キロ太ってると出て、なんかショックを受けている馬頭です。こんな酷い食事しかしてないのに太るって・・・
(↓ここで平均値とか調べられます)
身長と体重のバランスについて(JavaScriptのページ)

あと、お医者さんたちとのやりとりでもいろいろショックを受けました。

尿検査で差し出した私の絞り汁を見た時のこと。
医「朝、食事とってから何時間くらいですか?」
馬「四時間くらいです」
医「検査の前にはジュースとか飲まないようにしてくださいね〜」
馬(いや、ずっと前からジュース断ちしてるんですがっ!)

血液検査の時、注射針を差したお医者さんが。
医「味の濃いものとか好きでしょ〜?」
馬「え? 判るんですか!?」
医「塩分とか取りすぎると血管が固くなるのよ」
いや、マジでこれは吃驚した。確かに味濃いのとか大好きだけど、こうも簡単に判ってしまうとは!

うーむ、ちょっとは気をつけよう。体脂肪とか計れる体重計とか買おうかな。

それはともかく。最近撮った写真など。

2008年4月の桜




ちょっと前に撮った桜です。今年は花見にもいけずじまい。なんかせっかく元気よく咲いてるのになにもしないのは口惜しいので撮影くらいはと思いまして。すでにこの時は散りはじめてました。

あと、この前池袋行った時に、町中でみつけた史跡みたいの。


池袋町中の史跡


これ、池袋のとらのあなとかまんがの森とかある場所の近くにあったわけです。
ビルとか飲み屋とかある中にぽっかりこんなのが立ってる。





場所は赤丸で示した部分。ここ、東池袋一丁目24にあたるのかな?


明治天皇御野立所跡碑


写真だと一部かくれてしまってますが、「明治天皇御野立所跡」って書いてあります。



明治天皇御野立所跡説明


近くに説明が書いてありました。

「明治八年十二月二十七日午前八時、赤坂○御所御出門の明治天皇には○外の式武百官○奉ずるなかを音羽護國寺を行営と定められ○○島、板橋方面において奉行された近衛兵の連○○演習を御○監された。」云々。
(○のところは読めなかった字です。)

まあ、明治天皇がここで野立しましたよ、ということを記念してのことのようですね。どうやらこの手のものは他にもあるみたいです。

明治天皇の行幸3 近衛大演習ご統監(厚木市公式HP 厚木近代史話 )
練兵場(石碑・墓6)(仙台市公式HP 仙台の歴史と暮らしの原風景 宮城野)
明治天皇御野立所跡(東海道宿駅制400年記念!! 2001年 旧東海道歩き旅 写真日記)

どの記事でも軍事演習とかに関連するものなので、そういう時にわざわざ記念碑を立てたのでしょうね。
「野立て」は野外でお茶を飲む「野点」と違って、「高貴の人が野外で休むこと。またその場所」を言うのだそうです。
軍事司令官としての天皇の活動の跡というわけでして、今の穏健なイメージとは違った側面が見れて面白いですね。

ところで、仙台市のサイト見てる時にこんなのがありました。
ロシア兵捕虜収容所
これ、日露戦争の時の捕虜が宮城野の収容所に連れてこられた時のことなんですが、絵はがきが残ってるのが面白い。こんなの絵はがきにするセンスが面白いというか。
あと、記事の中に「子供達は異国人を見によく収容所に出かけた。捕虜達は「パピロス・パピロス」と手真似で煙草をねだった。子供達は家から父親の吸う「金天狗」「ゴールデンバット」を持ち出し、彼等に恵んだり物々交換をした。」ってあって、なんかニヤニヤしてしまいます。

参照サイト
身長と体重のバランスについて(JavaScriptのページ)
http://www3.kcn.ne.jp/~tomate/JavaScript/whbalance.html
仙台市市民センター
http://www.stks.city.sendai.jp/sgks/WebPages/index.html
厚木市
http://www2.city.atsugi.kanagawa.jp/index.html
東海道宿駅制400年記念!! 2001年 旧東海道歩き旅 写真日記
http://www.big.or.jp/~photo/nikki/photo/2001/toukaidou.htm

関連記事
ドイツ騎士団などによる北方十字軍についての記事も載ってます。『歴史群像』2008年4月号 no.88
http://xwablog.exblog.jp/8170006/
「萌えよ!」のシリーズ化!? 今度は陸上自衛隊だ! 田村尚也&野上武士『萌えよ!陸自学校』
http://xwablog.exblog.jp/8001795/
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by xwablog | 2008-04-08 23:59 | 日記
後北条氏の重要拠点。北条氏照が作った八王子城の跡に行ってまいりました。
20日セルビア大統領選、現職と民族派の一騎打ち(日経ネット)
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080120AT2M1900819012008.html
「欧米は極右民族派候補の台頭を強く警戒し、現職を支持している」これって、内政干渉なんじゃないのか?

平和大使にG・クルーニーさん=ダルフール危機解決を訴え−国連(時事通信)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_date3&k=2008011900142
さすが、ピースメーカー。

<山の事故>中央アルプスの宝剣岳で男女2人が滑落 (エキサイトニュース)
http://www.excite.co.jp/News/society/20080120203800/20080121M40.069.html

謎の人物、今年もエドガー・アラン・ポーの墓に供え物
http://www.excite.co.jp/News/odd/00081200802742.html

サーカシビリ大統領が就任=「国土統一」課題に−グルジア(時事通信)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008012000197


それはともかく。
本日はロシア帰りの恐るべき二人組・奥野さんSとともに山登りに行ってまいりました。

JR高尾駅下車


場所はJR高尾駅下車。思ったより小さな駅でした。
で、どの山に行ったのかと言うと、高尾だからといって高尾山ではありません。



八王子城遠景


駅からバスに乗ってちょっと行ったところにある、この写真の中央の山。
ここには戦国時代の山城の跡、八王子城趾があるのです。この山に登りました。今回は馬頭にとっては初の山城登りというわけです。



登山道の入り口


これは登山道の入り口。すでにここらへんは城を構成する部分でしたので、この入り口の手前には堀になるような深い沢がありました。まずはここから登っていきます。
八王子城は、後北条氏の北条氏照、1580年代の半ばから後半あたりの時期にこの山に山城を築城したといわれています。そして、1590年における豊臣秀吉の小田原遠征(小田原の役)の時、前田利家、上杉景勝らの大軍によって攻撃を受け、激戦の結果、わずか一日で落城してしまいました。城主であった氏照は小田原にいたのですが、この城につめていた守備兵と婦女子はたくさん戦死したといいます。



北条氏照のお墓


ちなみに登山道の入り口より手前の場所に、北条氏照のお墓があります。彼は北条氏が降伏した後、切腹を命じられていて、小田原にもお墓があるようですが、こっちにもあります。




冬山の山道


鬱蒼たる山の中をどんどん登っていきます。冬の山というのでもっと緑が少ないかと思ったのですが、意外とあります。



曲輪の跡


山の尾根伝いに登っていくと、そこにはこの写真でもわかるような段々が作られているところの横を通っていきます。この段々は、かつての曲輪の跡で、この上から北条の兵士たちは下を攻撃したのだとか。斜面は非常に急で、比較的登りやすい尾根にはこういった防御施設がいくつも設けられていました。



八王子権現を奉る八王子神社


そうして、ひいひい言いながら頂上近くまで登ると、広いスペースがあり、そこには八王子権現を奉る八王子神社があります。916年建立とも。この神社の名前からこの山城は八王子城と名付けられ、それが八王子市の名前の由来となるのです。



山頂からの絶景_関東一望


そして神社の近くから見た景色が絶景でした。
頂上じゃないのですが、道の途中に見晴らしのいい場所があり、そこから下を眺めた様子です。
関東平野をはるか遠くまで一望できるという凄い景色。見渡す限り真っ平ら。関東ってほんと平野なんですね〜、と見てわかります。空気が澄んでると筑波山まで見えるらしい。



八王子城位置マップ


このマップを見てもわかるように、八王子城がある場所(緑色の矢印のところ)というのが、関東平野と関東山地の境目のあたりにあるわけで、西からの侵攻に対する重要拠点だったのです。




松木曲輪で食事


で、松木曲輪というところにベンチがあったので、そこでお弁当。菓子パン一つしか持って来てなかった私ですが、ありがたくもお裾分けをいただきました。ごちそうさまでした!
それにしても、1月だし、実は天気予報では雪が降るかもと言われていただけあって、寒い。山登ってる間は体温かかったんですが、座ってると冷たい風もあり、どんどん寒くなってきました。でも、登ってる間中、天気は良くてかなり助かりました。



馬冷しと呼ばれる場所


すぐ近くに山頂の本丸跡があったのですが、先に奥に行くことにして、馬冷しと呼ばれる場所に来ました。尾根の一部を崩して堀切にしたもので、くっきりと手を加えたその形が分かります。



詰城


その馬冷しからさらにかなり奥まで行くと、高い場所に詰城と呼ばれるものがあります。天主があったと言われてますが、実際にはかなり狭いので曲輪のひとつにすぎないとも。
この近くにはまた大きな堀切があります。先ほどのものよりさらに深いです。
この詰城からぐるっと廻って馬冷しに戻るコースをとりたかったのですが、道が分からないので、断念し戻ることに。



本丸跡


で、先ほどいかなかった頂上の本丸跡に行きました。



石垣


頂上まで行ったので、山を下りはじめます。途中にいろいろあったのですが、これは山腹のなだらかな部分を登りにくくするための石段。この場所には、同様の石段が四つもある。
この山は石が多く、北条氏の城にしては珍しく石垣を多用しています。



御主殿と呼ばれる城主・北条氏照の屋敷


そしてやっと下までつきました。
ちょうど御主殿と呼ばれる城主・北条氏照の屋敷があった場所に出ました。



御主殿の入り口


これは御主殿の入り口。かつての石の階段を復元してあります。
実はこの階段を下れば、曵橋という橋を復元したものもあったのですが、ちょうど工事中で渡ることはできませんでした。



これで八王子城巡りは終わりです。朝10時に高尾駅についてから、だいたい16時半か17時くらいまでかけて歩き回ってたことになります。
しっかりした山なので普通の装備でどうかと思ったのですが、ギリギリなんとかなりました。ちょっと辛かった部分もありましたが。
しかし、久々のアウトドアでしたが、山城跡を巡るというなかなか出来ないことができてよかったです。奥野さんがいろいろ教えながら連れてまわってくれたので、遺構にどのような意味があったのかなど、とても興味深い話もたくさん聞けました。いわゆる普通の「お城」などとは違うものなのですが、ロシア旅行の時にクレムリンやら土塁やらの跡をさんざんみてきたので、この手のお城らしからぬお城にもすっかり馴染んでしまってるので(これは何もかも奥野さんのs・・・じゃなく、おかげです。)、たいへん楽しめましたよ。
この八王子城は、近場にあって大規模で、見せ場がいろいろあって歴史的にも面白いという、なかなか充実したお城跡です。ハイキング感覚で行けるものですし、興味のある方はぜひどうでしょうか?


参照サイト
八王子城(埋もれた古城)
http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/Shiro/Kantou/Tokyo/Hachiouji/
八王子城 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%8E%8B%E5%AD%90%E5%9F%8E
北条氏照 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%9D%A1%E6%B0%8F%E7%85%A7
後北条氏 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E5%8C%97%E6%9D%A1%E6%B0%8F

関連記事
遂に建つ古田織部の数奇の成果たる屋敷。その出来は? 山田芳裕『へうげもの』第5巻
http://xwablog.exblog.jp/7345202
時は幕末、不穏な京都の街中で新撰組を密かに襲い続ける男がいた。石川雅之『人斬り龍馬』
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沢庵が敵の懐へと入っていくが・・・。せがわまさき『Y十M(ワイじゅうエム)』第8巻
http://xwablog.exblog.jp/7463010/
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by xwablog | 2008-01-21 01:02 | 旅行記
あんま日本だからというのと関係ないけど鍵の話が面白かったです。妹尾河童『河童が覗いたニッポン』
今日は最低の一日でした。いろいろあったようななかったような。

それはともかく。
これも読んでみました。

河童が覗いたニッポン妹尾河童


『河童が覗いたニッポン』

(妹尾河童。新潮社。新潮文庫。1984年。320円。167ページ)
京都の地下鉄工事、集治監、長谷川きよしの周辺、盲導犬ロボットと点字印刷、山あげ祭、裁判(傍聴のすすめ)、鍵と錠、皇居、走らないオリエント急行、人墨と刺青、CFづくりのウラ、旅するテント劇場、刑務所、番外編田中邸、佐藤信が覗いた河童、和田誠が覗いた河童、中山千夏が覗いた河童

グラフィックデザイナー・舞台美術家・エッセイスト・小説家(『少年H』とか書いてる)でもある妹尾河童氏の「河童が覗いた」シリーズのひとつ。以前、『河童が覗いたヨーロッパ』は紹介しましたが、ついでに日本バージョンも読んでみました。ヨーロッパのやつよりかは楽しめなかったけど、「鍵と錠」「入墨と刺青」などが興味深かったです。
鍵と錠はヨーロッパのものが断然精巧で、日本のものはかなり素朴。ヨーロッパでも19世紀になるまで金持ちしか使わないような道具でもあったし、鍵そのものが芸術品のようなものになってます。あと、古くは権力の象徴でもあったわけですが、中でも面白いのはヨーロッパの城壁都市では、城門の鍵は市長(もしくは領主)が持つことになってて、毎朝毎夕鍵を開け閉めするのが日課になってたそうです。で、その門の鍵ってのがデカいんですよね。




有名な『ブレダの開城』ってベラスケスの絵がありますが、これは敗北したブレダの司令官ナッソーがスペインの名将スピノラに鍵を渡すシーンが描かれてて、その鍵はかなり大きいです。ここで鍵を渡してるのは、その都市の支配権を譲り渡すという意味でもあるわけです。

世界各地において鍵は主婦の地位の象徴だけど、日本においてはしゃもじがそれにあたるとか。まあ、日本にも家具(タンス)とかに鍵はつけることはあったけど、そうはならなかったみたいです。

鍵について「最古のものはエジプトのもの」という話(いわゆるエジプト錠)は、どうやらウソの常識のひとつらしい。アメリカの鍵屋エールの広告の記事の中にもっともらしく書かれた情報だとか。それが広まって百科事典にまで(そしてwikipediaにまで)書かれるようになったというのですが。これってどうやったら確かめられるんでしょうね。

いれずみの話はなかなか面白かったです。「入墨」は刑罰の為に体に入れた印、「刺青」はファッションとして入れるもの、らしい。入墨でいっつも思い出すのは、鯨布って前2世紀くらいの中国の歴史上の人物。本宮ひろ志氏の漫画に登場したのがずーっと印象に残ってます。中国で入墨を入れる刑罰のことを「黥刑」って言ったそうです。だから黥布。なんで鯨になったんだろ。字が似てるから?

点字印刷の話のところで当時の紙幣の話が出て来て、まだ盲人用のあの丸い凹みが無かった時代だから分かりづらいと文句を書いてあって、ベルギーの凹凸付き紙幣を誉めてました。他の国の紙幣の触り心地なんかを書いてますが、ドル札は印刷のインクの凹凸が結構出てて触ると分かったとか。

これの裁判のところ読んでて知りましたが、この人モデルガンのコレクターで、モデルガン愛好家協会の会長だったこともあるようです。(ただし、規制の裁判そのものについては無いです)

そうそう、この作者、まだ生きてますね。

参照サイト
新潮社
http://www.shinchosha.co.jp/
入れ墨 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%BA%E9%9D%92
(道具) - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8D%B5_(%E9%81%93%E5%85%B7)

関連記事
ヨーロッパの風景を切り取る楽しみ。妹尾河童『河童が覗いたヨーロッパ』という記事
http://xwablog.exblog.jp/7938502
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by xwablog | 2008-01-14 22:24 | 書庫