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中世ロシアの沈黙のイデオロギーによる知的体系の抵抗を読み解く。C・J・ハルパリン『ロシアとモンゴル』
web拍手レス
>元史の「嘘は書かないけど都合の悪いことは書かない」っぷりをあげつらおうと思ってたとこ。
>結局、役人(的な立場の人)のやる事なんて、いつでもどこでも今の日本そんなもんじゃないの?(雪豹だよ)
『元史』もそうですか〜。どの国でも同じようにしちゃうのが面白いですね。
ロシアの場合は、宗教的理由があったにせよ、そうあるべしと取り決めがあったわけでしょうになぜか徹底してるのが凄いです。

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まわりだと武藤さんがすでに読んでますが、私もやっと読み終わりました。中世ロシア史の本です。



『ロシアとモンゴル 中世ロシアへのモンゴルの衝撃』

(チャールズ・J・ハルパリン。訳/中村正己。図書新聞。2008年。2800円。273ページ)
序文
謝辞
第一章 中世の民族・宗教的境界地帯
第二章 キーエフ・ルーシと大草原
第三章 モンゴル帝国とゾロターヤ・オルダー
第四章 モンゴル人のルーシ統治
第五章 ルーシの政治におけるモンゴル人の役割
第六章 モンゴル人支配についてのルーシ人の「理論」
第七章 経済的ならびに人口誌敵諸結果
第八章 モンゴル人とモスクワ大公国の専制政治
第九章 モンゴル人とルーシ社会
第十章 文化的活動
第十一章 結論

文献一覧
訳者あとがき
索引


中世ロシアとモンゴルとの関係を中心に、その影響を考察する一冊。ハルパリンはアメリカのロシア史研究家で、今はインディアナ大学ロシア東欧研究所客員研究員だそうです。この本そのものは、20年前の1985年に書かれたもので、原題は「RUSSIA AND THE GOLDEN HORDE(ロシアと黄金の幕営)」。
キエフ・ルーシ(キエフ公国)とモンゴル帝国との関係は、「タタールのくびき」という言葉によって表されてきましたが、長くその負の影響ばかり強調されてきました。しかし実際には、良い悪いを問わずその影響は多大であり、誤った認識もたくさんあるということを、いろいろな面から解明していきます。
モンゴル側については、モンゴル帝国そのものよりも、原題にあるように「黄金の幕営(黄金のオルド)」、つまり普通はキプチャク汗国(金帳汗国)もしくはジョチ・ウルスと呼ばれているヴォルガ川下流を中心とした南の平原地帯に拠点を持つ国家が取り上げられています。ハルパリンは「キプチャク汗国」という名称そのものが元来の意味とかけ離れているということで、これを使わず、ロシア語の「ゾロターヤ・オルダー(黄金の幕営)」を使っています。
読み始めた時、ロシア・モンゴルの話から飛んでスペイン史とかの話にまで及んでったので何かと思いましたが、それは説明のためだし、はじめだけ。ルーシとモンゴル人たちとのいろいろな関係を説明していきますが、その中で、ルーシ側の書いた史料から直接的ではなく、行間を読むことによって、その中世ロシア世界の知的世界の意図を読み解こうとしています。
ハルパリンによれば、中世ロシアの知的な上層階層は、戦いに敗れ、その支配下に組み入れられ、否が応でもモンゴルと付き合わなければならないとなった時、たくみに態度を使い分け、国内的にはモンゴルの支配そのものをまるで無いものかのように扱っていたそうです。実際には親しく付き合い、利益を得ていたのにも関わらず、それがロシア正教の宗教イデオロギーと対立し問題となるため、モンゴルのことについてはあえて記録に残したりすることわざと避けてきたわけです。このロシア知的階層の行った消極的な抵抗をハルパリンは「沈黙のイデオロギー」と読んでいます。

「モンゴル人支配に対する同時代の書き物に反映されたルーシの知的反応は入り組んでおり、かつ不明確だった。書き手は通常タタール人を論じることを厭うことはなかったが、しかし自らを律して、継続的宗教戦争におけるできごととしてモンゴル人の残虐性を写実的に描写するにとどめる傾向があった。ルーシの知識人がモンゴル人の存在を政治的用語で表現する場合は、書き手たちはキーエフ時代の語彙に頼って、そういう昔の考え方の枠組みをそれがもはや当てはまらない世界において無理やりに機能させた。よく知られた正確な単語よりも両様の意味にとれる単語を好んで使うことによって、原因となる前後関係を描かないことによって、またモンゴル人支配を証明するものは説明を加えずに示すことによって、中世ロシアの文筆家たちはモンゴル人の征服に含まれている知的な意味に触れることを避けた。」(P128より抜粋。)

これはなかなか面白い話で、年代記や伝記などの文学作品において、その作者がそのまんま信じて欲しいと意図して書いたことは、実は書く事をあえて避けられ事実が抜け落ちているので注意が必要なようです。「嘘を書く」というよりも、「事実を書かない」という、なんかソ連の統計局みたいな情報の操作が、ロシア知的世界に暗黙の了解として広がっていたことは、非常に興味深いですね。


いろいろな説明の中で、他にも興味深かったのは、ゾロターヤ・オルダーとの密接な関わりによって、ルーシ、中でもより近くにいたルーシ諸国が、経済的な面を含め多いに発展したという話。中世後期の北東ルーシ諸国の繁栄は、オルダーとのヴォルガ川の交易が容易であったためもたらされたというようなことが書いてありました。
あと、技術や知識・制度において、「ロシア(ヨーロッパ世界)>モンゴル」というイメージはまったく間違っていて、むしろモンゴルの方が進んでいた面もあるという話の中で、ルーシはキリスト教社会としてか、イスラム側からの文化的流入を拒んだ/受け入れる切り口がなかった、という話も面白かったです。

ロシア語がわかる人が読むことを前提にしてる、みたいなことが書いてあり、ちょっと、名称・用語の使い方が分かりにくく、慣れないと文章が読みづらいです。

奥野さんが指摘してましたが、巻末の訳者中村正己氏の紹介のところで、生年が間違ってるみたいです。1937年生まれってことはないから、1973年生まれじゃないかと。中村氏の名前は聞いたことないのですが、一橋大学の人で土肥恒之教授に学んだようです。これからもロシア関連の本出してくれるといいですね〜。

参照サイト
株式会社図書新聞
http://www.toshoshimbun.com/
(書評)ロシアとモンゴル(むとうすブログ)
http://samayoi-bito.cocolog-nifty.com/mutous/2008/05/post_a9c4.html
一橋大学
http://www.hit-u.ac.jp/

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初期のタタール政策とアレクサンドル・ネフスキー研究が中心です。栗生沢猛夫『タタールのくびき』読了
http://xwablog.exblog.jp/8694238
奥野さんの記事「バトゥのロシア遠征」も載ってる。『コマンドマガジン』vol.79 チンギスハン特集
http://xwablog.exblog.jp/8099527
ヴォルガ・ブルガール史で見えてくる周辺地域との繋がり。梅田良忠氏『ヴォルガ・ブルガール史の研究』
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オスプレイのCampaign Series『カルカ河畔の戦い 1223年』他、カルカ河畔の戦い関連
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by xwablog | 2008-06-08 11:48 | 書庫
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