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深紅の魔女が秘めた聖宝をめぐる旅。麻木未穂『黄金の魔女が棲む森』第1巻。ローマ帝国が舞台のラノベ。
古い記事です。

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深紅の魔女が秘めた聖宝をめぐる旅。麻木未穂『黄金の魔女が棲む森』第1巻。ローマ帝国が舞台のラノベ。

今日は仕事がとても早く終わったのですが、○○○上司から「いつも遅いから、今日くらいは早く帰っていいものでも食べてくれよ」とかいいやがりました。早く帰ったら収入が減るからいいものは喰えねえんだよ・・・・いや、元からいいものは食べてないですけどね。

それはともかく。
ローマ帝国とはいっても、分裂する直前です。

黄金の魔女が棲む森01_麻木未穂

『黄金の魔女が棲む森』第1巻

(麻木未穂。イラスト/倣学。徳間書店。徳間ノベルス。2006年。819円)
「5世紀のヨーロッパ、東欧のとある土地にある『神狩りの森』に2人の魔女が棲んでいた。1人は老婆のルヴァー、そしてもう1人は少女の姿のまま成長しない赤い髪の魔女シフ。シフはかつてアエスティ王国の王女だったが、18年前に異母妹ベーダを刺したことで追放されていたのだった。そんな彼女を探しにやってきたのはローマ帝国の近衛騎兵隊長レギウスだった。彼はローマ皇帝テオドシウスの愛妾となったベーダがシフの持つ聖宝を持っているから連れて来るように言われてきていたのだ。捕まり、コンスタンティノポリスへと連れて行かれることになったシフだが、彼女を奪い取ろうとゲルマン人の王アラリクスも動いていることがわかり、シフはレギウスと2人で逃げることになるのだが・・・」


不思議な力によって歳を取らない姿にされ、12歳のままの魔女シフ。彼女と彼女をローマ帝国の都コンスタンティノポリス(コンスタンティノープル。現在のイスタンブール)へと連れて行こうとする青年レギウスの話。
シフは異母妹ベーダから奪い取ったとされる聖宝を持っていて、それをいろいろな人々から狙われます。ベーダは現在の皇帝テオドシウスの妾妃のひとりとなっていて、影響力があるのです。
レギウスは皇帝の近衛騎兵隊長で、わざわざドナウ川を越え、東欧の奥地にまでやってきてシフを捕らえます。ゲルマン人たちがヨーロッパ各地のローマ帝国領を荒らし、さらに帝国内でもたくさんのゲルマン人など異民族が登用されるような時代です。このレギウスもブリタンニア人(ブリタニア人。ケルト系?)らしく、その立場は微妙なものらしい。
コンスタンティノープルまで行く間に、私欲を満たそうとするダキア総督や、ゲルマン人の王アラリクス(アラリック)に狙われ、さらにシフは、ゲルマンの神ヴォーダンを幻視し、その幻視の中でヴォーダンに命を狙われています。
こんな2人のバルカン半島道中記という感じの小説になっています。

ちょっと状況の説明などに分かりづらさがある作品で、あと、登場人物たちが役職名とかで呼ばれ続けたりして、いまいちキャラが摑みにくかったです。
でも、この時代の東欧を舞台にしているというものなので、個人的には楽しみました。去年出たばかりですが、すでに数冊続編が出ているようです。この巻では最後にベーダが死んじゃってるし、一応の決着は見たという感じなのですが、どう続くのかは楽しみです。
あと、シフが妊娠したいがためにレギウスに迫るところはよかった。

ちなみに作家さんは、徳間書店の「Edge最優秀新人賞」を取った新人さんだそうです。

イラストを描いている「倣学」氏の名前は「ほうまなぶ」と読むそうです。漢字が出てこなくて参った。


ついでに、この小説の中に登場した歴史上の人物たちのことについて抜粋。

>テオドシウス1世
347-395年。ローマ皇帝。位379-395年。アドリアノープルの戦いに従軍した後、グラティアヌス帝の指名により東の正帝として戴冠。383年の同帝没後単独帝となり、帝国統一策をとる。逃亡コロヌス逃亡奴隷の取締りを強化、また、異民族の帝国への取り込みを図り、幾多の軍官職を提供。380年キリスト教を国教とする勅令を発し、381年にはコンスタンティノープル公会議を召集、アリウス派を弾圧した。391-392年、一連の立法によって異教信仰・祭儀を全面的に禁止した。没後、帝国は息子アルカディウス、ホノリウスによって東西に二分された。
(『角川 世界史辞典』P620より抜粋。)

どうやらこの話は、391年以降の話のようですね。
テオドシウス1世の父親テオドシウスはやはりローマ帝国の将軍で、ブリタニアでサクソン・ピクト・スコットなどの諸民族の討伐しています。
レギウスはもしかしてブリタニア人だから、アーサー王伝説に関わってきたりして。
レギウスは皇太子妃の義兄ということになってますが、皇太子妃の父親がオリエント近衛総督らしい。東方のアウグストゥス(皇太子)はのちのアルカディウス帝だと思うので、義妹はエウドクシアかな。ヨハネス・クルソストモス(金口ヨアン)が死ぬ原因となった人ですね。その父のオリエント近衛総督(長官?)というとルフィヌスかな? レギウスの義父の娘が皇太子妃ともなっていて、その義父は死亡。その後皇太子妃がルフィヌスらしき人物に引き取られ、レギウスは歩兵総督(?)の下で養育された? 説明が足りなくて、いまいち状況が摑めないのはここらへんも。

>アラリクス(アラリック)1世
370?-410年。西ゴートの王。位395年〜410年。マケドニア、ギリシアを劫略、ビザンツ皇帝から軍司令官に任命される。西ローマ帝国領にもたびたび進攻。410年にローマ攻略後、アフリカの占領を企てイタリア半島南端に進んだが、陣中で没した。
(『角川 世界史辞典』P46より抜粋。)

>ゲルマン人の移動
本来は、4世紀後半以降、ゲルマン諸族が相次いで侵入・移住・建国し、ローマ帝国西半分の解体をもたらしたローマ史上の事件。この意味では、375年に黒海北東からフン族が西進して諸集団の玉突きを起こし、376年に西ゴート人がドナウ川を越えてローマ領内に入ったアドリアノープルの戦いをもって始まり、568年のランゴバルド人のイタリア侵入までをいう。現在ではより広く、古代世界から中世ヨーロッパへの移行をもたらした諸過程・現象をさし、前2世紀のキンブリ人とテウトーニ人のローマ領侵入はその先駆である。長駆して地中海沿岸ローマ属州を占領・建国したゲルマン諸国家は短命であったが、ゲルマニアからあまり離れていない地に漸次移住したフランク人やアングロ・サクソン人は中世の担い手となった。長期の軍事的緊張はゲルマン社会を変質させたが、保護と忠誠で結ばれる軍事的主従関係は発展して、封建制度の起源の一つとなった。
(『角川 世界史辞典』P297より抜粋。)

>スティリコ
365?〜408年。ヴァンダル人の血を引くローマ帝国後期の将軍。テオドシウス1世の死後、ホノリウスの後見役として帝国西部を事実上支配。イタリアに侵入した西ゴート王アラリック1世を2度の戦いで退却させるなど、イタリア防衛に尽力したが、408年政敵の策謀で処刑された。
(『角川 世界史辞典』P490より抜粋。)

>ヴォーダン(ヴォータン)
ヴォーダンはゲルマン人の主神。嵐の神。風や死の神で、雷も司る。アングロ・サクソン人によると、戦では先陣をきって戦い、嵐の雲に乗って、冥界の番犬や幽霊の戦士を連れて、荒野や天空を駆け回るとか。北欧神話ではオーディンとなる。
ローマ時代にはメルクリウス神と同一視され、キリスト教時代には死神として知られるようになる。
(『虚空の神々』P213参照)

ついでに。

>テオドシウス2世
401-450年生没。東ローマ皇帝。位402-450年。
408年父帝アルカディウスの死をうけ単独帝。神学・科学に関心を持つ一方、『テオドシウス法典』の編纂を命じ(438年完成)、コンスタンティノープルに大学を組織した(425年)。同市内の建設活動を熱心に行い、市壁を新設(413年以降、数次にわたる)。柔和な性格で、姉や妃また有力な文官・宦官たちに強く影響され、彼がコンスタンティノープル総主教に任命したネストリウスは、異端問題により431年エフェソス公会議で追放された。治世中、東方国境地帯、また西ローマとの関係は平穏だったが、治世後半にアッティラ率いるフン族がドナウに侵入、貢納を余儀なくされた。
(『角川 世界史辞典』P620より抜粋。)

参照サイト
新人作家・麻木未穂な日々
http://plaza.rakuten.co.jp/asagi1229/
倣学
http://foot.sakura.ne.jp/
トクマ・ノベルズEdge&徳間デュアル文庫公式サイト・エッジdeデュアル王立図書館
http://www.tokuma.co.jp/edge/

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この記事へのコメント
思い出した。
これの最新刊とかだと、ササン朝ペルシャが舞台になってるみたいです。うわ〜。
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年07月07日 01:19
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by xwablog | 2007-05-07 21:59 | 史劇
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