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--------------------------- 2006年05月19日 非党員でユダヤ系の医師の苦難に満ちたソ連生活。『ロシアンドクター』 本日、仕事場を出ようとしたら持ってきていた傘が無い。どこぞのクズが勝手に持っていた様子。これは今の仕事場に2度目のこと。もちろん前の時も戻ってきてません。 これが時代が時代なら、そして自分がしかるべき地位にあったのなら、絶対にこの傘泥棒めをシベリア送りにしてくれたものを。まともに買ったとしてもたかだか500円程度のビニ傘だと思って気軽に盗んでいくようなクズには、その知能と想像力と羞恥心のなさから出た行動を、薄い毛布にくるまって凍えながら毎晩悔いて泣くような体験が必要でしょう。 とか冗談で考えてましたが(いや。ほとんど本気でしたが)、『ロシアンドクター』という本で少しだけ出てきた話や他に見聞きした話からすると、これはシベリア送りの理由としては十分にまともな理由になってる気がします。 『ロシアン・ドクター 亡命外科医の診たソ連』 (ウラジーミル・ゴリャホフスキー著。) ソ連時代にロシアで生まれ育って、最高クラスの医師として暮らしていたウラジーミル・ゴリャホフスキーというユダヤ系の男性が、なにもかもが嫌になって1978年にアメリカに移住する前までの半生を書いた自伝が『ロシアン・ドクター 亡命外科医の診たソ連』です。書かれたのは1984年でまだまだ冷戦やってたころの話。1ルーブルが400円近かった時代です。まあ、シベリア送りにビクビクしてたのは60年代まででしたが、共産党の党員じゃなかったのでその後も辛い目に何度もあったりします。 著者ゴリャホフスキーは、共産党員じゃなくて、しかもユダヤ系という二重苦が最大の困難だったようですが、それでも才能と運の良さで乗り切っていきます。医師になり、病院の院長になり、医科大で教授になり、さらに役職につきました。その中でフルシチョフ、ガガーリン、パステルナーク、ショスタコーヴィチといった有名人を診察して、いろいろ面白い逸話があり、ガガーリンが額に怪我をした時のことも書いてあります。 「この事件の真相は、こうだ。かいつまんでいうと、女性と向こう見ずなことをやって、その帳尻が額にできた陥没だ、というのが正しい。選り抜きの人たちだけが行ける政府経営のサナトリウムに滞在していて、ガガーリンは、ある妙齢の看護婦とねんごろに一夜を過ごそうと、泊まっている2階の部屋に忍び込んだまではよかった。ところが、そのあとのことである。現れるはずのない看護婦の旦那が、やって来たからたまらない。驚いたのは、もちろんガガーリンである。取るものも取りあえず、窓に這い上がり、飛び降りた。額を下にして、地上にいやというほど激突する。でも結果的に見ると、ガガーリンに幸いしたことがある。それは、地上に激突時の角度が少しずれていたら、片目を失っていたはずである。」 ソ連の悪い部分が特に書かれているので、これ読むと、ソ連はほんとに非道い国に見えます。いや、外国にとって脅威とかいうより自国民にとって脅威ですよ。とても正気とは思えません。 「他方、若い共産党員には、公然とえこひいきがなされ、その出世を助けるため、あらゆる施策が実施されていた。レジデントの一人であったアナトーリイ・ペチェンキンは二十七歳で、体ががっちりとしたブロンドの青年であったが、手術をやった経験がなく、あるのは党員身分証明書だけであった。党員だというただそれだけの理由で、他のレジデントとは別格に扱われ、やりたいほうだいのことをやらせてもらっていた。ペチェンキンだけに、楽な作業計画が用意され、他のレジデントがだれもやらなければならない作業の多くが免除され、党のあらゆる会議や集会に、年がら年中出席していた。」 「『将来、君はどうするつもりかね?』と、私はかつてのミハイレンコに訊ねたことがあった。『ぼくの計画は、簡単ですよ。党にいて、二、三年間の海外勤務にっつけるようにする。ぼくは、可能だと思う・すでに、ちゃんと情報網を張っているんです。海外勤務が終ったら、自家用車と協同組合のアパートを買い、そのあと現在のものより有利な仕事を探す、ということです』。まぎれもなく、この計画っは現実的で、ミハイレンコの人生観に根ざしたものだ。つまり、党との関係をうまく利用して、人生の道を開いて行く、というやり方である。その計画には医学に関連する要素は、なにひとつない。」 「病院には、約五百人の人が働いていた。給与支払日は毎月5日と20日であった。ソ連では、給与の支払いは小切手でなく、現金でなされる。したがって、毎月2回くる「収穫(ポルチカ)」の日に仕事をする者は、ほとんどいない。私のいた病院の職員には、多くのアル中がいた。「収穫」が終るや、飲み出したものであった。」 「ソ連の医者のうち3分の2近くは、女性である。ソ連の医療の世界から、女性が男性を追放していったからではない。そうではなく、当局が医者という職業を、最も魅力のない職業のひとつにしてしまった関係で、男性のほうからのこの職業を放擲してしてしまったからであった。(中略)スターリンによる大粛清は、医科大の教授陣に「真空地帯」が生じる原因になった。この真空地帯は、若い女性によって急速に埋められていった。多くの女性が医者になったが、それは学費が無料で、入学するのに特別な資格が必要でなく、しかも医療に従事すると、社会的地位が高くなるからであった。」 「医療機器開発の分野におけるソ連の後進性は、まったくの驚きであった。この分野では、ソ連は先進工業国から、少なくとも、四、五十年の遅れをとっていると私は信じていた。ソ連における技術と資源のすべては、戦争努力に向けられていたからだ。したがって、医療分野は、パンに例えるとこぼれたクズで辛抱しろ、ということになる。」 医療部門に関してだけでもそうとう劣悪な環境だったことがわかります。 ほかにいくつか面白かった話がありますが、医療用品不足の話でも。 「私の就任する数か月前に、この病院に集中治療部が新設された。だが、この部には必要な医薬品がなにひとつなかった。患者の家族は必要な医薬品を、どんなに高価でも買い求めるつもりでいるが、さていざ買うとなると、どこに買いに行ってよいのか知らなかった。部長のチューブ先生は、自分のポケットマネーで、医薬品を知人から買い、ストックしていた。チューブ先生は、必要な医薬品が病院にはないが、値段が高くてもよければ、「ある人」に分けてくれるよう説得してげてもよい、と患者に持ちかける。家族は同意し、先生は第三者を介して、ストックしていた医薬品を患者に売りつける。大部分の患者の家族はありがたがるが、だれ一人として、「社会主義財産盗難防止闘争本部」に、チューブ先生のことを告発する者はいなかった。それから2年間にわたり、警察はチューブ先生を盗難のかどで告訴しようと努力していた。医薬品を堂々と盗んだわけではなかったが、チューブ先生は病院の地位を去らねばならなくなった。では、先生の辞職で患者の得たものは、なんであったのであろうか? なにひとつ、得たものはなかった。その結果、この部での死亡率は、うなぎのぼりに上がっていった。」 ロシアには「ただの医療は、医療を受けなかったに等しい(ダロム・レチーツア、レチーツア・ダロム)」という言い回しがあるそうですが、ソ連の医療は無料だったとしても、こんな医療は嫌だ、という有り様です。 現在でも医者はアルバイトしないと生活できないらしいので、あんまり変わってないのかな? なんか医療関係の話ばかり引用してしまいましたが、医療関連の話だけでなく、生活のために奔走したり、同僚の医師たちに告発されたり、政府高官用のダーチャに泊まったり、上司に取り入るために賄賂を送ったり、チェコや東独に行ったりという話など面白い話はいろいろあります。著者の両親のことも面白くて、父親は軍医として第2次世界大戦に参加し、15の勲章を貰い、日本と戦った時(満州で?)に日本刀を記念に拾ってきてます。母はトルストイの遠い親戚の家系で、母親自身は、ロマノフ王朝三百周年記念祭でニコライ2世に祝辞を述べたとか。 この本の中で、一番笑ったのは、指輪をちんちんに嵌めて取れなくなってしまった酔っ払いの中年男性の話ですが、・・・まあ、これは引用しないでおきます。 気になる人はぜひこの本を一読してください。 Posted by 管理人・馬頭 at 03:02 |Comments(0) |TrackBack(0) | ロシア・CIS , 本 , 歴史 ---------------------------
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| 2006-05-19 02:14
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