デジタル・クワルナフ
  管理人・馬頭(xwablog)。トップページのアドレスはhttp://www.toride.com/~digxwa/
トップ
かわいい狼神ホロと若い行商人ロレンスの二人旅。支倉凍砂『狼と香辛料』第1巻の感想その2
エキサイトブログは長文禁止なので、ふたつに分けました。
前の部分はこれ。

かわいい狼神ホロと若い行商人ロレンスの二人旅。支倉凍砂『狼と香辛料』第1巻のその1
http://xwablog.exblog.jp/7265975

-------------------

あと、有名なベルギーの歴史家アンリ・ピレンヌの著作『中世ヨーロッパ経済史』も同様のことを書いています。

中世ヨーロッパ経済史


『中世ヨーロッパ経済史』

(アンリ・ピレンヌ。一條書店。昭和31年。750円)
序論
第1章・商業の復活
第2章・都市
第3章・土地と農民階級
第4章・13世紀末までの商業
第5章・13世紀末までの輸出入
第6章・都市経済と工業統制
第7章・14、15世紀の経済諸変化


ちょっと古い本なのでその内容がどれくらい正しいのかとか現在これがどう評価されてるのかとか分かりません。でも文は分かりやすく読みやすいです。ただし、漢字が古い難しい字を使ってることに関しては読み難いです。
で、この中にこう書いてあります。

「これらの諸原因に加えて、諸侯の鋳貨貶質は混乱の最大原因となった。貨幣は定期的に『呼び戻された』。即ち流通から引き上げられた。そして造幣所に運ばれ、再び発行される時は必ず量目がすくなく品位がさらに低下した鋳貨となって現れたのであって、諸侯はこの差額を収得したのである。」(『中世ヨーロッパ経済史』P135より抜粋。)

まさにトレニー国がやろうとしたことと同じですね。
こうした貨幣の価値の切り下げは何度も行われたようで、『中世ヨーロッパ経済史』によれば、13世紀以降は特にドイツで酷く、アスカン家のベルンハルト(ベルンブルク侯の?)が治めていた時代ではその32年の治世の間に、平均で年三回もの割り合いで貶質されたといいます。この回数は極端なものなのでしょうが、ともかく何度も行われたことは本当のようです。

『狼と香辛料』では、こんなネタをファンタジー小説の中に入れてきたわけです。あの話の中でのやり取りが実際に上手くいくのかどうか、という点はともかくとして、そうしたことに目を付けて物語としたのは、ホントに目のつけどころが良いですね。


「ホロが手に持っているのは、このあたりで最もよく使われるトレニー銀貨だ。最もよく使われる理由というのはこの銀貨が数百種もある貨幣の中でかなり上位に位置する信用度を持つものであるということもあるし、単純にこの町を含むこの近辺一体がトレニー国の領土であるということが大きい」(『狼と香辛料』第1巻P144〜145より抜粋。)

ちなみに、『狼と香辛料』の中で貨幣が何種類も出てくることも、実際にありました。このことについては、『図説お金の歴史全書』にこんな事が書いてあります。

「ヨーロッパ自体の内部でも、中世にそうであったより以上にマネーには境界線が引かれてはいなかった。外国のコインがしばしば地方的な通貨の中でも重要な要素となることがあった。特に地方的なコインが生産不足のときとか、小規模な発行をする国がより富裕な重要な隣国と境を接している時はそうであったのである。」(『図説 お金の歴史全書』P240より抜粋。)

現在でもその国が発行したものでは無い貨幣も併用して使われている国がありますよね。その中でもアメリカの発行する「ドル」は高い信用度からいろんな場所で通用します。
で、中世ヨーロッパ世界において「中世のドル」と呼ばれて広く通用した貨幣があります。それが東ローマ帝国・ビザンツ帝国において発行されたソリドゥス金貨です(ドルのマーク「$」は、ソリドゥスのSの装飾的な文字が元型です)。
『狼と香辛料』の中ではこれほどとは言わないまでも、トレニー銀貨がかなり強い貨幣のようですね。


今度は主人公ロレンスについて見てみると、彼は「行商人」ということになってますが、どうやらやってることは「仲買人」のようです。村々から毛皮や麦を買って、ミローネ商会に売ったり、ミローネ商会で武器を買って、それを他の土地で別の商人に売ったり、といった感じ。

生産者→産地仲買人→卸売り(問屋)→消費者市場仲買人→小売業者→消費者

流通を簡単に説明するとこうなりますが、ロレンスの場合は商売相手が様々で、移動する地域も広く、扱う物もその場その場で決めてる感じがあります。この話の中でのそうした「行商人」の活動内容については、かなり自由度が高く、現代的感覚で行われているように感じます。それは、中世ヨーロッパの行商人とはたぶんかなり違ったものになるかと思います。
ちなみに中世ヨーロッパの商人の話で面白い本があります。

中世イタリア商人の世界

『中世イタリア商人の世界 ルネサンス前夜の年代記』

(清水廣一郎。平凡社。平凡社ライブラリー。1993年。1200円。309ページ)
1.めでたし聖年、2.読み書き算盤、3.フランドルへ--二つのヨーロッパの対立、4.敏腕の商社員--遍歴商人から定住商人へ、5.ブオナッコルシ商社の成功、6.妻と子、7.市民ヴィッラーニの栄光、8.危機の時代、9.破産、10.記録への執念、11.死後の裁判、12.歴史を書くこと、13.ホーエンシュタウフェン家の運命、14.ダンテと年代記作者


これは14世紀の北イタリア、商業都市として繁栄していたフィレンツェにいたある商人を中心に、その活躍やどういった社会だったのか、歴史的にはどういった時代だったのか、といったことが書かれている本です。これがまた非常に面白い! ので、文庫で読みやすく値段も手ごろ、入手も比較的容易なので、オススメです。ロレンスのような行商人とは違い、商社に所属する中で活躍する商人の話なので、その仕事内容は全然違いますが、中世的な商人について知るにはとてもいいです。
これに似たものに『プラートの商人』という本もあるようですが、こちらは未読。

他に参考になるようなものとなると・・・・
社会史・生活史については、ブローデルが詳しくやってます。
フェルナン・ブローデルが書いた『物質文明・経済・資本主義 15-18世紀』のシリーズの中の、第2巻(?)の「交換のはたらき」の中で、近世から近代にかけての商業活動について書かれているようです。実はこれ、読んだこと無いのです。高いんですよこのシリーズは。で、これは大きなスケールの経済についても書いてますが、小売りや行商人についても少し書いてあったはず。あと、第1巻の方の「日常性の構造 1」の中には貨幣・信用制度についての記事があります。
(なんだか、これも読みたくなってきました。近場の図書館には置いてないので、買うしかないけど、もう今月は『タタールのくびき』を買っちゃったので無理。)
マルク・ブロックたちがはじめた、歴史上における民衆の心象や感覚、社会制度・生活の様子、マクロからミクロまでの経済的な部分などに注視する歴史学をする学派のことをアナール学派っていいますが、ブローデルはその中の代表的な歴史家のひとりですね。
他には、未読ですが、『買い物の社会史』(モリー・ハリスン。工藤政司/訳。りぶらりあ選書。法政大学出版局。1990年)、『図説 交易のヨーロッパ史』(アラン・プレシ。東洋書林。3990円)といったあたりも面白そうです。
あと、『週刊朝日百科 世界の歴史』の中ではこんなのもありました。

週刊朝日百科 世界の歴史 67 商品と物価


『週刊朝日百科 世界の歴史 67 商品と物価』
(朝日出版社。1990年。510円)
・商品が結ぶ世界 商品が変える世界(川北稔)
・銀の流れでつながれた世界(濱下武志)
・香料と奴隷 ポルトガル人の貿易活動(浅田實)
・「価格革命」とヨーロッパの社会 インフレがもたらしたもの(竹岡敬温)
・バルト海貿易と東ヨーロッパの社会 穀物輸出ブームの行方(小山哲)


これは16世紀以降の価格革命以後の話が中心なので、中世とは言えませんが、どの記事も面白かったです。


長くなりましたが、最後に『狼と香辛料』の感想のまとめでも。

この小説でネタとして使われている「商売」ですが、商業活動とは、その根本において次の点が基礎となっています。
「両者が同等の価値のものを交換することによって、両者がともに利益を得る」
これが商業の本質であり目的でもあります。
二人が交換をするのは、交換するものがどちらも同じ価値があるから、その交換に納得するわけで、互いに同じ価値のものを交換するということは、両者ともに持っているものの価値の総量は変わらないはず。しかし、それは「その交換を行った場所や時においてのみ」の話。場所、時間、そして交換を行う相手が変われば、その価値もまた変わり、その時に出来る差異がプラスなら利益が、マイナスなら損益が出るわけです。その差異のプラス方向への期待値が、人を商業活動に走らせます。
彼我の持つ同じ価値のものとものを交換する。それだけ見ると損得は無いようにも見えますが、実は互いの人間がそれぞれ持つ必要性によって、ものの価値は簡単に変わり、交換したもの以上の価値を持つことができる。
そしてそれは金品をやりとりすることだけに言えることではなく、人と人とのやりとりそのものに言えることなのではないでしょうか?
それぞれの人間が違う条件に立っている、つまり各人の個性(その人らしさ)が互いの交流をプラスにする、ということであり、その「交換のはたらき」がもたらすもの、・・・それがこの『狼と香辛料』という小説の最も大事なところなんじゃないかと。

2巻、3巻もすでに読んであるのでなるべく記事書いてみようと思います。
4巻は、2月10日発売予定なのでもうちょっとですね。楽しみです。


追記
私の持ってるのは第四版ですが、P24の4行目「その上ここ一体」と、P145の1行目「この近辺一体」はともに、「一体」は「一帯」の誤植じゃないかとおもわれます。他にもあるかも。


参照サイト
すぱイしーているず(支倉凍砂公式)
http://ameblo.jp/hasekura2/
ハイノハナ(文倉十公式)
http://haino.mods.jp/
電撃文庫&hp
http://www.mediaworks.co.jp/users_s/d_hp/index.php
電撃小説大賞 第12回電撃大賞入賞作品
http://www.mediaworks.co.jp/3taisyo/12/12novel3.html
世界の通貨と金の話
http://www.tsuuka.com/
コインの散歩道
http://www1.u-netsurf.ne.jp/%7Esirakawa/index.html
高殿円公式 悪趣味な美学
http://takadono.parfe.jp/


こっからが、その時の記事のコメント

蒸しパンさんがコメントがいくつかありました。
この記事が長文でビビられた。けど、あのあと蒸しパンさんは『狼と香辛料』読むことになったわけです。

で、私のコメント

今回、かなり書くのに時間かかりましたよ。
あ、でも読み返したら、抜粋とか持ちだしておきながら、そこらへんに関する上手いまとめが無い。(感想のまとめはあるけど・・)
次の巻ので補足しないと・・・

ネタバレさしちゃってますが、それほど重要じゃないから大丈夫かも。
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年02月06日 04:32

次は奥野さんのコメントがありました。「剣と魔法」じゃなく「商業」がという点に注目。盛り上げ方が難しそうだとも。『ヒカ碁』に通じるとも。
通貨の流通と差異についての話が、黒田基樹著『戦国大名の危機管理』において、北条氏が苦労したという情報。

次は私のコメント

>盛り上げどころの難しい
この小説の中では、とくに「交渉」やその駆け引きの部分などを盛り上げるのに使ったりしてました。伸るか反るかの賭事ではなく、勝算を見極めての戦い、という感じ。話のネリが少し微妙なとこはありますが、新人にしてはいいのでは。
あと、やっぱり狼神ホロとの会話は盛り上がってます。

>ヒカ碁
『ヒカ碁』は読んだ時、「碁の漫画なのに面白い!」とか思いましたよ。普通に考えたら盛り上がらなそうなんですが、凄い楽しかったです。
ネタは何であれ、話の作り方ひとつで面白くできる、というのを見せつけられた作品でした。

>通過が同時に流通
日本でもやっぱり似たことがあったんですね〜。『戦国大名の危機管理』はチェックしておかないと。
最近、研究が進んでるのか、日本史モノで面白そうなタイトルの本が多いですよ。読みたくなって困ってしまいます。
この前は新書で『徳川将軍家の演出力』というのが出てて面白そうでした。徳川家のイメージ戦略というか、そういう話。
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年02月07日 06:06

次は大鴉さんのコメント

ファンタジーの経済についてひとこと。

次は私のコメント

>剣と魔法
細かく言うと「剣と魔法」であることで何かしらの説明をしているつもりになっているものに対し、という感じでしょうか。もとよりそれを必要としない、しようとしてないものは省きます。まあ、ファンタジーものに対するヤボな突っ込みではありますが。たしかルクセニの後書きでもそこに狙いがあった、みたいなこと書いてあったような。
何よりもファンタジーで重要なのはそのファンタジー部分の物語への係わりなので、そこらへんさえOKなら普通はOKだと思います。
この記事での内容は、私が歴史おたくである上でのファンタジーの指向の「設定」好きからのこだわりですから、好み次第ということで。
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年02月08日 04:59

蒸しパンさんのコメント
「ちび姉属性」について。

私のコメント

>なんたるデレぶり
これが4巻あたりになると酷いデレぶりになってきますよ〜

>どっかにもぐりこんで
米の袋の中とか!
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年03月08日 09:31

どうやら、『狼と香辛料』の漫画化が決定したようです。
『電撃「マ王』の11月号(9月発売)から。なんと、作画担当は『花粉少女注意報』や『くじびきアンバランス』の小梅けいと氏です!
元情報----「平和の温故知新@はてな」5月30日記事より
http://d.hatena.ne.jp/kim-peace/20070530
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年05月31日 12:12

------------------------

というわけで、当時の記事の中では一番の長文となりました。
やり過ぎた。

狼と香辛料第1巻支倉凍砂
『狼と香辛料』第1巻

関連記事
かわいい狼神ホロと若い行商人ロレンスの二人旅。支倉凍砂『狼と香辛料』第1巻の感想その1
http://xwablog.exblog.jp/7265975
商人としての命運をかけ、危険な密輸に手を出すが・・。支倉凍砂『狼と香辛料』第2巻の感想
http://xwablog.exblog.jp/7266023/
[PR]
by xwablog | 2007-02-05 01:30 | 史劇
<< 宗教的混乱が広まる16世紀のド... かわいい狼神ホロと若い行商人ロ... >>