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多様だった中世の信仰と迷信の形。ジャン=クロード・シュミット『中世の迷信』
これも一応、古い記事。
この『中世の迷信』は図書館で借りたのですが、良かったので、買いました。もう絶版っぽいので、古本屋巡ってやっと見付けました。
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2007年04月21日
「迷信が今日、農民たちの中に生き続けている」多様だった中世の信仰と迷信の形。ジャン=クロード・シュミット『中世の迷信』

今日ニュース見たら、「ひきこもりが死んでお詫びをしたいと言っている」とあったので、なかなか殊勝なニートじゃないか、とか思ったら、そうじゃなかった。

それはともかく。
ヨーロッパの「迷信」の歴史的思想的な流れについて語った一冊。

中世の迷信 ジャンクロード・シュミット


『中世の迷信』

(ジャン=クロード・シュミット。翻訳/松村剛。白水社。1998年。2800円。印刷/精興社)
第1章 ローマとラテン教父における「迷信」概念の基礎
第2章 異教から「迷信」へ
    異教徒の改宗-----ひとつの模範
    「迷信」------キリスト教化の副産物
第3章 中世初期の魔術師と占い師
    自然の災難-----人間・動物・収穫
    死者たち
    時間と占い
    夢と悪夢
第4章 村の「迷信」
    中世文化の新しい軸
    「老女たちの信心」
    公式的な儀式の濫用
    同化不可能な「残滓」-----死者の軍勢とアボンド夫人
第5章 中世末期の魔女のサバトとシャリヴァリ
    歴史の流れにおける魔女現象
    都市文化と「迷信」


『宗教的フランス史』(全4巻。1988年)の一章を本にしたもので、一般の人にも読んでもらえるようになっています。翻訳はシュミット氏の『中世の身ぶり』を翻訳した松村剛氏。中世フランス文献学、語彙論が専門の方ですね。

「教会が最初から『諸々の迷信』を抑圧しようと努めたのは、それらの中に異教の残滓と、人間精神に対する悪霊と悪魔の強い影響力の証拠を見ていたからである。」(P41より抜粋。)

中世ヨーロッパの人々が(一部については聖書の時代についても書いています。これがまた単純ではない)、「宗教」と「迷信」をどのように認識し、分類していたのか。そしてそれに対する態度はどうだったのか、など、迷信のあり方、そして人々の接し方が書かれています。その時代的変遷もあり、なかなか単純に表現できないのです。

「司教たちは古典的教養のおかげで、異教の神々の名前を知っていた。しかし、彼らはその神々の中に悪霊を見ていた。司教にとって文明の要塞にほかならない司教座から離れれば離れるほど、この悪霊は勢力を強めると見なされた。」(P42より抜粋。)

キリスト教がヨーロッパに広まっていっても、それは全土をくまなく覆うように広まったわけではなく、さらにキリスト教の教会がある都市に建立されたとしても、完全にかつての信仰があっさり無くなるわけではなく、併存状態というのがありえます。それは六世紀や七世紀になってもありました。また、拠点から離れれば離れるほどその影響は残ります。そういう形で、かつての古い伝統的信仰は残存していくわけです。
また布教の過程で、土地の信仰するものや祭りに、キリスト教の祭事物や祭りを当てはめるという形で、信仰の「すげ替え」が行われたりもしました。これは土地の信仰が強固であったり、布教者の力が弱ければ起こりうることで、こうして異教の残滓はキリスト教そのものの中に入り込んでいくわけです。
しかし、こうした「宗教」の中の異教の影響ではなく、民間に広まる、いわゆる験かつぎや簡単な占いの類いは、キリスト教の聖職者たちに「迷信」として何度も何度も非難されてきました。
たとえば、鳥占いや腸占い、護符や、泉や木々への祈りなど。また、媚薬を造りたければ女性は裸の胸の上でパンをこねるとか、旅から無事に帰れるかを占う方法とか、そういったものがあったけど、これも聖職者たちの非難を浴びました。
しかし、こういった「迷信」の影響なのか、これと同様の占いがキリスト教的に行われることもあったそうです。それは例えば「聖人のくじ占い」などと呼ばれているものは、聖書を適当にパッと開いて見て、その開いたページの冒頭などの語句の解釈によって占うといったもの。さらに、この占いの流れで、実際に各種聖書を使っての司教選びが行われた、といったようなことまでがあったそうです。(そういえば、ノヴゴロドの大主教もくじで選出された)

こうした中世ヨーロッパにおける宗教的民俗学的な形而上世界について、事例を
挙げながら紹介していっています。ホント読んでて楽しい本でした。


ついでに、この下の記事は7〜8世紀ころの話(?)

「ガロ・ロマンのヴィラの大土地経済が退化したため、田園の民衆は拠り所を失った。そこで、ローマの宗教が導入される前からあった古い宗教伝統、とくにケルトの宗教伝統が再興することになった。」(P41より抜粋。)

ケルト的信仰についてはどういった過程で摩滅していったのかが少し知りたかったですが、この本には書いてなかった。ちょっとテーマ的に違うか。

ちなみにキリスト教的立場からだと迷信の定義はこうなる。

「迷信とは、偶像を造ってそれを拝むため、神であるかのように被造物か被造物の一部を拝むため、あるいは、魔術の働きがそうしようと努めるようにしるしについて悪霊(ダイモン)に相談したり、悪霊との間でしるしに関する協定を認め、結ぶために人が制定したものである。」
(アウグスティヌス『キリスト教の教え』第2巻20章)

ところで、『狼と香辛料』の支倉凍砂氏もこの本を資料として参考にされたようですね。他にもなかなか素敵な本を読んでるみたい。さすがです。

-----追記
この記事、昨日、半分寝ぼけながら書いて、投稿する前に寝てしまったのですが、今読み返すとグダグダになってる。いや、グダグダじゃない記事があったかどうかはともかくとして。

参照サイト
東京大学大学院総合文化研究科 言語情報科学専攻
http://gamp.c.u-tokyo.ac.jp/


この記事のコメント

『中世の迷信』の中でも紹介されているような、当時の聖職者たちによる「迷信」批判が、『ロシア原初年代記』の中にも登場していたので、忘れないうちに書いておきます。

「もしも私たちが出会いを信じているのなら、どうして異教徒と違った生き方をしていると言えるであろうか。もしも誰かが修道僧、はぐれ者あるいは豚に出会うと引き返す。これが異教徒的なことではないと言えるだろうか。これは(人々が)悪魔の唆しによってこのような神占いを信じているからである。また他の者たちはくしゃみが頭の健康のために良いと信じている。」
(『ロシア原初年代記』P193-194。1068年の項目より抜粋。)

これも貴重な記録ですね〜。約950年前のロシア人の心性の一端に、わずかですが触れることができた感じがします。
今後もこういうネタみつけたらメモってみます。
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年05月08日 03:44


あと『ガル年代記』の中にもこんなのがありました。

(漁師に扮したキエフ大公ヤロスラフがポーランド軍の侵入を聞いて)「その時になってはじめて、親指と人差し指とを口に押しあて、漁師の習慣を真似て、釣り針につばを塗り、自分の部族の恥ともなる格言を述べたと言われている。」
(『『匿名のガル年代記』第1巻(翻訳と注釈)第5章から第17章まで』のP322(P13)より抜粋。)

注釈には「漁師に扮したロシア大公の逸話の起源は不明である。今日でもなお、釣り針と魚につばを塗ることは漁師の間で行われている慣習である。」とあります。
どんな意味がとか、どのことに対して起こした行動なのかとかは文からはよくわかりませんでした。
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年05月10日 21:52


このあと、雪豹さんのコメントがありました。
映画『アレクサンドル・ネフスキー』の中で、ネフスキーが魚捕りをしているシーンがあった、というコメント。


>サカナ捕り
『ガル年代記』の方は違いますが、『アレクサンドル・ネフスキー』はキリストの暗喩なのでは?
時代が時代なだけにそれはまずかったかもしれませんが。
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年05月11日 03:15

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こっからが、この新ブログでの追記。
この投稿をしようとしたら、17字分長過ぎると言われてしまいました。はじめは文章そのものかと思ったら、タイトルが長いとのこと。長いタイトルつけるのは、うちのパターンなので、それは困るなぁ。

この記事は次に書く、『ヨーロッパ異教史』に続くと思ってください。はじめはいっしょに書いてました。

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