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第九と歓喜とシラーによせて、という記事があった
これも古い記事。
ベートーベンといえばコレですが、とあるお話の中で印象的に使われていたので気になってはいた。「そういう解釈でいいのかな」とずっと思ってましたが、いまだ判断しきれません。久々に観ようかな。

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2006年01月06日
第九と歓喜とシラーによせて

毎年年末になるとベートーベンの『交響曲第九番』がよくやってますが、去年の年末にやって中で、日本テレビとNHKでやってたのは見ました。見てて面白かったのは日本テレビの方でしたね。歌詞の翻訳もちゃんとしてたし、あと歌ってる人たちが特徴的な外見してたり、女性のアップが美人ばっかりだったり。で、見て少し思ったことを。

『第九』といえば、ベートーベンが作ったというのはみんな知ってるかと思いますが、『第九』の最後で合唱が入る時に歌われる歌の歌詞は、ドイツの詩人で劇作家で歴史家でもあるフリードリヒ・シラーの詩「歓喜に寄す」からとられたものだということはそれほど気にしてる人はいないかと思います。
ベートーベンがどうしてこの詩を選んだのかは知りませんが、このシラーの詩は、シラーが不運と苦難にみまわれ、放浪生活の末、彼を助けてくれた友人たちに対する感謝の気持ちを詩にした、というものだったはず。つまり苦難を救ってくれた友情を謳い上げてるわけです。ベートーベンは、はじめの「おお友よこのような調べではなく〜」から、「歓喜よ歓喜よ歓喜よ〜」の手前までの部分だけ付け加え、手直ししつつ使ってます。
で、随分昔の話ですが、この曲って『新世紀エヴァンゲリオン』の第24話「最後のシ者」で使われてまして、この話の中で最後の使徒たる渚カヲルに対して碇シンジが友情を抱くというシーンがあった後に、バックに第九が流れる中、カヲルをシンジが殺してしまうわけです。この24話は友人・友情についての話だったわけですが、最後に「友人」を殺しちゃうという展開なのに、よりによって第九かよ、とシラーの詩について知った時に思ったりしました。


(詩について、もしかして自分の記憶違いの情報があるかもしれないのであしからず)

NHKのは録画したのでつい何回も見てしまった。いい曲だ。
しかし、NHKの歌詞の翻訳は中途半端でしたね。


参照サイト
フリードリヒ・フォン・シラー(wiki)
ベートーベン第九の歌詞と音楽

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by xwablog | 2006-01-06 05:30 | 日記
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