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13世紀初頭の英仏独の決戦から中世ヨーロッパを読み解く。ジョルジュ・デュビー『ブーヴィーヌの戦い』
13世紀初頭の英仏独の決戦を読み解き、そこから中世ヨーロッパ世界を読み解く。ジョルジュ・デュビー『ブーヴィーヌの戦い 中世フランスの事件と伝説』

「いまこそ、われわれの力のおよぶかぎり、偉大なるデュビーの栄えある著作について書き記すべきときである」

というわけで、『ブーヴィーヌの戦い』をやっとこさ全部読みました。

ブーヴィーヌの戦い_J・デュビー

『ブーヴィーヌの戦い 中世フランスの事件と伝説』

(ジョルジュ・デュビー。訳/松村剛。平凡社。1992年。3900円。装丁/中垣信夫)

序言
関連地図
1214年7月27日・・・
事件
 舞台設定
 当日
注釈
 平和
 戦争
 決戦
 勝利
伝説
 神話の誕生
 再燃
史料
図版
訳者あとがき
関連年表
参考文献
索引

フランスのアナール学派の中世史家・ジョルジュ・デュビーが、1985年に出した本で、ブーヴィーヌの戦いというひとつの事件を取り上げて、その時代の背景、心性、構造を描き出します。
これはフランスで出された「フランスを作った三十日」叢書というシリーズの中の一冊らしい。この「フランスを作った三十日」叢書は、他に白水社から「ドキュメンタリー・フランス史」というシリーズとして翻訳され出ています。

ブーヴィーヌの戦いは、1214年7月27日に行われた戦いで、フランス王フィリップ2世率いるフランス軍が、神聖ローマ帝国軍、イングランド軍、フランドル軍、ブローニュ軍の連合軍を撃破しました。
本文の中では、まず簡単に状況説明があり、すぐに当時書かれたギヨーム・ド・ブルトンの散文年代記の戦いの場面だけ抜粋したものが入ります。そしてその後は、注釈として各種のポイントを説明していきます。さらに、この戦いの余波というべきものを検証し、まとめています。最後に、この戦いについて当時書かれた他の記録や詩などを紹介してあります。

読んでみると、まるで当時の戦場が再現されているかのような気にさせられるほど、中世世界へと導入してくれます。非常に濃密な当時の現実がありありと表現されています。なによりも一番わくわくしたのは、やはりギヨーム・ド・ブルトンの散文年代記の部分ですね。当時、このギヨームはフィリップ2世に親しく仕え、この戦いにも参加しました。彼はフィリップ2世の礼拝堂付き司祭で、サンリスのノートルダム聖堂参事会員でしたので、戦闘そのものには参加しませんでしたが、彼はこの戦いで見たものをフィリップ側の人間として記しました。
彼の仕えたフランス王フィリップ2世・尊厳王(オーギュスト)といえば、第三回十字軍にイングランド王リチャード獅子心王などとともに参加して聖地まで行ってるあの人です。帰国した後は、プランタジネット家の領地を併合し、南東フランスに影響力を伸ばし、フランス王権を確立させた名君といえます。もともとカペー家の領土は北東フランスのほんの一部しかなかったのですが、あっという間に領土を拡大させたのですから凄い。同時代の王としては英王リチャード獅子心王の方が有名な感じですが、こっちのほうがもっと凄いような。
このフィリップ2世がフランスを強大にしていく中で、重要なポイントとなるのが、このブーヴィーヌの戦いでしょう。1214年、フランスと神聖ローマ帝国の国境附近にあるブーヴィーヌの橋がある場所で、決戦が行われます。この戦いの勝利によって、フィリップ2世の王権はがっちりと強化され、敵の皇帝オットー4世と英王ジョン欠地王は弱体化します。このフランス優位の状態はその後100年続くことになるのです。

そんなフィリップ2世と戦ったのが、神聖ローマ帝国皇帝オットー4世、イングランド軍の指揮官・ウィリアム長剣伯、フランドル伯フェルディナンド、ブローニュ伯ルノーといった面々です。
オットー4世はヴェルフェン家の出身で、あのハインリヒ獅子公の息子です。当時、ヴェルフェン家とホーエンツォレルン家の争いがドイツではあったのですが、ホーエンツォレルン家のフリードリヒ2世がフィリップ2世に支援されていることもあり、戦いに参加することになります。
ウィリアム長剣伯は英王ジョン欠地王の弟で、サーフォーク伯です。1214年にジョン王は一端フランスに上陸するのですが、その後ジョン王自身は帰国してしまい、ウィリアム長剣伯がイングランド軍をまかされます。彼は大きな体躯をして、大きな剣を扱っていたため「長剣」伯と呼ばれていました。
その兄であるジョン欠地王といえば、エドワード6世の息子で、リチャード獅子心王の弟です。父の寵愛を受けていたにもかかわらず、順調に相続できる土地がなかったため、「欠地(Lackland)」と呼ばれています。(失政や不徳な行動があり英国史上最低の王と見られています。プランタジネット家のフランスでの領土をほぼ全部失っていますが、その意味での「欠地」ではありません。だから「失地王」は誤訳です)。
フランドル伯フェルディナンドは、ポルトガル王の息子で、結婚によってフランドル伯となった人です。その封地の受領のためフィリップ2世に臣従を誓っていたのですが、いろいろな代償が不満でした。
ブローニュ伯ルノー・ド・ダマルタンは、もともとカペー家と親密な関係にある家の出身で、フィリップ2世とは友人ともいえるもっとも近しい家臣のひとりでしたが、裏切り、英王の支援を受けていました。
この他にも多数の領主たちが参加し、連合軍を結成していました。

戦いはフランス側が3万数千(この本では1万程度)、連合軍側が4万数千(この本では1万数千程度)の兵士が戦うことになり、最終的には、連合軍側の主要な貴族たちが捕虜となり、皇帝オットー4世は逃げ帰りました。


この本の中で活き活きを描かれる当時の様子は、とても伝わってくるものがあり、「ああ、当時の人々はそうだったのか」と考えさせてくれます。人々の心性は、現代とはやはり、明らかに違うのです。
まず、なにより、この戦いについて、曜日を問題にしていることなど。

「彼は言うと、国王のもとに飛んでいった。神が自身のためにとくにさだめた聖なるこの日に決戦をあえて遂行する者がいるとは、王には信じられなかった」(P288)

1214年7月27日は日曜日でした。日曜日とはキリスト教において、神が定めた聖なる休息の日です。ですから、当然、働くこともよくないし、戦うこともよくないことでした。(夫婦がセクロスするにもよくない日でした!)
ですから、当時の作家たちはこぞってそれについて非難しています。


また、当時の「騎士」というものがどういった人々であり、彼らの戦いや生活、この時代における変化なども紹介されています。

「12世紀は、フランスで軍事活動のなかに第二の革新が展開した時期にあたるが、それもまたスキャンダルとなるもので、儲けの魅力に汚され、教会が糾弾する行為であった。つまり、騎馬試合と呼ばれる遊戯で、ブーヴィーヌに参戦した者たちのふるまいに決定的な影響をおよぼしていた。」

映画『ロックユー』でもネタにされてましたが、馬上槍試合のトーナメントはフランスが本場でした。騎士たちは、槍を扱う技術向上のためだけでなく、富の獲得、就職、社交、鬱憤の発散といったことまでも行えるこの試合に熱心に打ち込みました。さらに地域の平和の安定、試合ごとに立つ市のおかげで経済活動の活発化などもあったようです。そして盛んだった地域の騎士たちは、実際の戦いでも軍事的な活躍を見せることになり、そうした兵士たちがフィリップ2世の配下にたくさんいたのです。

また、当時は傭兵の活躍が見られるようになる時代で、ブルグント人などはよく知られていたようです。このころから広く使われはじめた鈎のついたポールウェポンが彼らの武器で、それはともて有用だったようです。馬上の騎士を引きずり落とせたのです。
当時は軍事技術の発展もあり、騎士たちの鎧はどんどん頑強精巧になり、安全になっていきますが、同時に騎士たちの経済的負担も大きくなります。


こうした前の時代からの変革の経緯が集結して見られるのが、ブーヴィーヌの戦いの記録から読み取られ、さらにその後の時代の変化の兆し・機転がこの戦いに現れているのです。この本はそういったものに眼を向けています。
ブーヴィーヌの戦いを扱った単純な事件史モノなどではなく、より広く高く全体像を見通していこうという、とても興味深く、いろいろな関心を起こさせる、非常に読み応えのある一冊でした。
とにかくお勧め。フランス史もの、というくくりでもありません。中世史について興味あるのでしたら、読んでみてください。年代記とかに興味ある人であれば、せめてギヨームの記事や巻末の翻訳部分だけでも読んでみるといいかも。


>ブーヴィーヌの戦い bataille de Bouvine
1214年7月27日、フランス北東部のブーヴィーヌで起きた戦い。フランス王フィリップ2世の軍隊がイングランド王ジョン、神聖ローマ帝国オットー4世、フランドル伯フェランの連合軍を破り、フランス王権の威信と地位を確立した。
(『角川世界史辞典』より抜粋。)

そういえばwikiでは「ブービーヌの戦い」って書いてますね。


参照サイト
平凡社
http://www.heibonsha.co.jp/
松村剛氏プロフィール(東京大学)
http://www.adm.u-tokyo.ac.jp/IRS/IntroPage_J/intro68600434_j.html

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by xwablog | 2007-06-01 02:20 | 書庫
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