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オイラート汗と12世紀英国領の定義とかについて。『史学雑誌』第100編第1号。あと80編11号のランゴバルド族
ここのところ、使ってるMacintoshの調子がおかしいです。カタカタ音もかなり頻繁になってきた。そろそろヤバいかもしれません。内蔵HD換えるのがいいのか、もっと我慢してお金貯めるのがいいのか。
しかし、新しいMacを買うにしても、欲しいヤツは43インチのプラズマテレビが買えるような値段なんですよね。年収の何分の1だと思ってるかぁ!

それはともかく。
今年は積んだままだった『史学雑誌』を少しずつ読んでこうと決めたのでとりあえず2冊読んだ。

史学雑誌100_1

『史学雑誌』第100編-第1号
(史学会。1991年。860円)
・文治の守護・地頭問題の基礎的考察・・・三田武繁
・オイラット・ハーンの誕生・・・宮脇淳子
・2人の年代記作家はイングランドとノルマンディをいかにとらえたか オルドリク・ヴィタルとウィリアム・オヴ・マームズベリの場合・・・有光秀行
・書評『二重構造』(日本経済史6)・・・宮島英昭
・書評『フランス革命』(岩波セミナーブックス30)・・・遅塚忠躬

こっちは北アジアものとイギリスものが入ってる。オイラート(オイラット。オイラト。瓦刺)はアルタイ山脈以西にいたモンゴル系騎馬民族(の部族連合)。1449年の土木の変が有名。内容はオイラートの簡単な歴史をたどりつつ、君主称号に「ハン」をなかなか使わなかったのは何故かとか、使うためにはチンギスハンの血統が必要で権威付けにダライラマ政権が関係したとか。モンゴル系の歴史なんて素人なんですが(モンゴルの「右翼」「左翼」が南を向いて右左だとはじめて知ったくらい)、なかなか興味深い話ばかりでした。ロシア史との絡みでいうと、すでに17世紀初頭から交流があって、これにはトムスクの知事が交渉とかにあたったみたいです。1618年の中国への使節派遣の時に領土を通過させてもらっていて、その帰路にはオイラートの使節が一緒にモスクワまで行ってるとか。だけど、この時にオイラート側からはカルムイクを一緒に討伐しようとか持ちかけたせいで、好戦的だと見られて、交流しないようにトムスクの知事に通達が出てるとか。
ちなみにヴォルガ川下流に今もあるカルムイク共和国は、ジュンガリアから17世紀の前半に移住したオイラートの一部の人々の末裔。カルムイク人は北方戦争とかにも参戦してるので興味深い。
イングランドとノルマンディの記事の方は、11~12世紀に生きた2人の年代記作家の記述をもとに、当時のイギリスという国のとらえ方、概念を探るというもの。ノルマン朝といえば、ノルマンディー公ギヨームがイギリスを征服してウィリアム1世となって開いた王朝ですが、イングランドと現在のフランスのノルマンディ地方が同一の君主によって治めれていたからといって、その両方の土地がひとつの概念でくくられていたか?という点について語ります。2人の年代記作家オルドリクとマームズベリはともに同時代を生きた修道士で年代記作家で、さらに2人ともアングロ・サクソン人とノルマン人の混血であるという点が共通していて、年代記の中で使われる用語がどのように使われるかを探ります。で、2人がどう見てたかというと、より地縁的な結びつきを重視し、イングランドとノルマンディを同一のものとしてくくることはほぼ無かったようです。「ノルマン帝国」とか「アングロ・ノルマン王国」といった後世の歴史家たちが付けたような名称は、おおまかに全体をまとめて言うために目立つ共通項を名前にもってきただけで、実際にそのような内容があったわけじゃない、ということかな。

あと第80編-第11号の『史学雑誌』も読みました。この中にある「民族移動期におけるランゴバルド族の動向」(久野浩)が面白かったです。ゲルマン民族大移動とかいっても、その内容なんかほとんど知らないので、こういうのは楽しい。ランゴバルドももとはスカンジナヴィア半島にいて、南下してハンガリーに入り、そこからさらにイタリア、という流れで移動したわけですが、他のゲルマン人たちと比べると移動が少なめかな。それでもたいしたものですが。
「その際その息子の一人イルディゲスも若干の仲間とともにスラヴ人の許に亡命したのであったが・・・」という部分もあって、スラヴ人との関係が少し見えてるのも興味深かったです。ちなみにここで名前が出てるリシウルフの子イルディゲスの放浪と戦いの連続だった生涯の話がかっこよかったです。あと、ゲピド族を滅ぼす部分が燃えます。


『史学雑誌』といえば、少し前に出た9号には「7世紀中葉におけるアラブ・サーサーン銀貨の発行——アラブ戦士に対する俸給との関係から——」というのがあってこれは見てみたいなぁ。

まあ、こんな感じで徐々に溜めてた本を消化してかないと。

参照サイト
史学会
http://wwwsoc.nii.ac.jp/hsj/

関連記事
ヴァイキングの物語。舞台は1013年のイングランド! 『VINLAND SAGA(ヴィンランド・サガ)』第3巻
http://xwablog.exblog.jp/7620925
ドイツ騎士団などによる北方十字軍についての記事も載ってます。『歴史群像』2008年4月号 no.88
http://xwablog.exblog.jp/8170006


この記事へのコメント

>史学

ここの会費は高いです・・・ちょっと貧乏人には手が届きません。

でも10号の「三十姓突厥の出現――突厥第二可汗国をめぐる北アジア情勢―― 」なんて、ちょっと面白そうですね。
Posted by 大鴉 at 2007年01月12日 23:25

>会費
私も別に会員というわけではなく、古本で手に入れたのでした。タイミングが合えば、まとめて売ってるので、安く買えるんですよ。

>突厥第二可汗国
自分もちょっと気になります。北アジアから南ロシア平原までの地域の歴史やその関連性とか、もっと詳しく知りたいですよね~
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年01月13日 00:37

私はオイラト族の留学生です。オイラト族はモンゴルの一部ではありません、自分の歴史、文化を持っています。皆さんは誤解しないように申し上げます。
Posted by パイタハン at 2007年03月16日 18:32

>パイタハン さん
ようこそ!
オイラト族の方からコメントいただけるとは嬉しいかぎりです。
それに日本に留学されているのですね。どうですか、日本は?
オイラト族の人とのことですが、どこの国のオイラト族なんでしょうか? 中国の新彊ウイグル自治区の出身ですか?
それに、オイラト族がモンゴルの一部ではないということですが、オイラト族の人は自分たちはモンゴル人とは違う、という意識を強く持っているということでしょうか?
自分は中国史や中央ユーラシア史は全然詳しくないので、そこらへんの詳しい話は全然知りません。「オイラト族 = モンゴル系の民族」という世界史の本や世界史辞典とかからの情報だけで書いてますので、間違ってたらごめんなさい。オイラト族の人たちがどこに帰属意識を持っているかという点など、日本だとどうしても情報源が限られてしまいますからね。
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年03月17日 04:01

いま「最後の遊牧帝国」という本読んでます。これにオイラトの話がいろいろ出てきます。読み始めたばかりですけど・・・・・
Posted by ボールペン at 2007年03月31日 08:26

>ボールペン さま
はじめまして。
『最後の遊牧帝国 ジューンガル部の興亡』ですね。講談社選書メチエの中のひとつ。
サイトからの引用によると、
「十四世紀、元朝が中国から撤退した後、中央ユーラシア草原は歴史の舞台から消えてしまう。しかし、モンゴル帝国の後裔たちは、各地で強大な遊牧王権をつくり、独自の文化を形成していた。そして十七世紀、ジューンガル部は大遊牧帝国を築きあげる。さまざまな言語の史料を駆使し、誰も語れなかつたオイラト民族の歴史を鮮明に描き出す意欲作。」とのこと。オイラートの歴史についてのようですね。珍しい。
今度チェックしてみます~

第1章 ジューンガルのガルダン、清軍に敗れる
第2章 モンゴル帝国の伝統
第3章 モンゴルとオイラトの抗争
第4章 オイラト部族連合と新しいモンゴル
第5章 十七世紀のオイラト
第6章 ジューンガル部の覇権
第7章 ジューンガル部の滅亡、その後
Posted by 管理人・馬頭 at 2007年04月01日 02:50

返信ありがとうございます。私は中国新疆ウイグル自治区のオイラト族です。オイラト族は戦争や政治など原因でいろんなところに分散しております。ロシアカルムイク共和国、中国青海省、モンゴル西部の三つの県などです。もちろん、モンゴルの影響受けたものはあります。例えばモンゴル文字を借り改良し使ったこと。また長い間戦ったし支配されたし、隣ということもあったのが原因です。モンゴルの一部というのが最近のことです。その前はオイラトという名前ででてきます。ちゃんと国もありました。実際にオイラト人とモンゴル人があって話しすると通じません。もっと知りたい方がいれば協力します。もちろん 私にはモンゴルの友達もいますよ。

Posted by パイタハン at 2007年12月01日 16:16

追記
おお。中国の新疆ウイグル自治区の方でしたか。

管理人・馬頭
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by xwablog | 2007-01-11 00:19 | 書庫
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