デジタル・クワルナフ
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とりあえず四つみつけた。上野公園の銅像。ボードワン医師、小松宮彰仁親王、野口英世、西郷隆盛
この前怪我した指先の傷口を抜糸したのですが、まだ口が開いてて、力を入れると開いちゃうらしいので、まだ上からテープ貼って暮らしてます。
しかし、2週間ずっと使わないように水にぬらさないようにしてきたわけですが、久々にお湯で濡らして擦ってみると、凄いアカが出てきますね。この状態でこれだけ出るわけですから、骨折してギプスしようものならエライことになるんだろうなぁ。
そういえば、ドラえもんの何話目かでアカを集めて団子を作るってシーンがありませんでしたっけ?

それはともかく。
下の記事でも書いたように、ペルシャ文明展に行った時、ついでに上野公園をまわってみました。


上野公園060910_1

上野公園の中央部。上野動物園の前から上野駅方面を撮影したもの。
とても良い天気でした。これだとよくわからないかもしれないけど、人もたくさん来てました。

上野公園は明治六年に開園した公園。寛永寺の跡地だったそうです。
はじめは病院などが建設される予定だったのですが、ここを見たオランダ人の医師ボードワンが公園にするよう言ったとか。



上野公園060910_3

この人がオランダ人医師のボードワン。ちなみに、像の下の碑文にはボードワンとなってますが、たぶんボードウィンやボードゥインの方が正しい読み。

>アントニウス・フランスシカス・ボードゥイン
1822年6月~1885年6月生没。オランダの海軍軍医。ユトレヒトの軍医学校の教官であったが、長崎養生所(のちの精得館)の教官ポンペ・ファン・メールデルフォールトの後任として来日(1862年、文久2年)。特に眼科の妙手として知られた。また物理化学教授を医学教授から分離して別に研究所を設け、専任教授を迎える事を幕府に建議し、分析窮理所が設立され(1864年)、ハラタマがその主任となった(1866年)。ハラタマを同道、一旦江戸をに出府して幕府の賞賜を受け、バタヴィアに帰り、翌年再来(1867年)、のち大阪病院に勤務し(1868年)、また一時大学東校の教師となる(1870年)。
(『岩波西洋人名辞典 増補版』P1384より抜粋。)

つまり、東大の前身である大学東校の医学部のための病院の移転先として考えられていたのがこの上野の山で、ボードウィンが視察してそこがとても素晴らしい場所だったので、公園にするよう勧めたみたいですね。
この銅像は、東京都美術館の近くにあります。



小松宮彰仁親王騎馬像上野公園060910_2

小松宮彰仁親王騎馬像。
伏見宮系の皇族で、功績によって家格があがって小松宮家の初代となります。明治維新後のさまざまな戦いに参戦。皇族としては一番戦争に参加したんじゃないか? 日清戦争では旅順までいってます。最後は元帥。
日本にこんな軍人の騎馬像があるってのも珍しいけど、さらに皇族というから興味深いですね。



野口英世の銅像上野公園060910_4


野口英世の銅像。
その功績にふさわしいということなのか試験官を掲げる姿。でも、この人のやった事って、実は実態が無いんですよね。今の研究によると、なにもちゃんと発見してなかったらしい。でも、日本では「頑張った」ということが変に評価されてしまって、神格化されて紙幣にまでなってしまうという。再評価が必要な人でしょうね。

ボードゥイン像でも思いましたが、なぜか林の中に設置されています。見つけ辛い。



西郷隆盛上野公園060910_5

そしてなんといっても、上野といったらこの銅像が有名ですね。
西郷隆盛像。似てないというのも有名な話。
この銅像の背後には、彰義隊のお墓があります。



上野の街、上野公園060910_6

西郷像の反対側を向くと上野の街が見えます。
この日は本当に天気が良かったです。



それにしても、この公園はホントに浮浪者が多いですね。とてもじゃないけど、家族連れで来る「憩いの場」という感じじゃないです。ボードゥイン像や野口英世像の側にもホームレスのビニールハウスがたくさんありました。
しかし、こうした人々にとって、公園くらいしかいられる場所がないんでしょうね。日本の道は狭いせいか、浮浪者がずっと座ってるというようなのをあんまり見ません。そこらへんが関係してるのかも。あ、そういや池袋の高架下にはすごいたくさん住み着いてます。排ガスとかですごく健康に悪そうだ。いつか自分がお世話になるときには、緑が豊かで歴史的モニュメントもたくさんある上野公園も結構いいかもしれない。

参照サイト
上野恩賜公園(江戸下町情緒)
http://www.dentan.jp/ueno/


この記事へのコメント

このボードワン博士の像はぢつは弟の方だって、フジでやってたね。
弟の方がつるつるだったんだねぇ(笑)。
Posted by 雪豹 at 2006年09月22日 22:32

なんと、弟さんの姿の銅像だったのですか~。
西郷も含め、上野にある銅像はあやしいなぁ。
Posted by 管理人・馬頭 at 2006年09月23日 01:44

昨日、上野公園で、ボードインの銅像の首の挿げ替え式が行われ、
弟の誤った像から、正しい兄の医師の像に変わりました。
私は当事者で、22年前に最初にその誤りを指摘した人間です。
Posted by 石.田純郎 at 2006年10月07日 12:52

>石田さん
ようこそ。いらっしゃいませ。ご本人が来るとは思いませんでした。
この前ニュースで見てましたが、前の銅像は撤去してしまったのですね。となると、撮った写真はまさに最後の機会だったわけですか。
しかし、もったいないことしましたね。間違った銅像であったとはいえ、せっかくボードワン博士の弟さんの銅像があったのですから、いっしょに並べておけばよかったのに。弟さんの方は当時のオランダの駐日領事だったんですから。間違ってしまったという話とともに、面白い由来のモノとして残す、という方向もあったのでは。そうすればもっと良かったかと思います。俺のおかげだ、と、したり顔で言われても、それはどうかと。
まあ、弟さんの方の像は関係のあった長崎で改めて設置され直すみたいなので、それはそれで面白い話でアリですが。
Posted by 管理人・馬頭 at 2006年10月08日 05:1
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by xwablog | 2006-09-20 22:33 | 日記
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