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読み直して再発見。ドイツ騎士団形成の理由と結果。山内進『北の十字軍 ヨーロッパの北方拡大』。
今日は残業できるのを降り切って飲み会に出席。本日分はまたたくまにマイナスですよ。
それはともかく。
イヴァン雷帝関連で、東方植民の歴史の本を読み直ししてます。

北の十字軍ヨーロッパの北方拡大_山内進

『北の十字軍 ヨーロッパの北方拡大』

(山内進。講談社。講談社選書メチエ。1997年。1533円。326ページ)
第一章 フランク帝国とキリスト教
第二章 ヴェンデ十字軍
第三章 リヴォニアからエストニアへ
第四章 ドイツ騎士修道会
第五章 タンネンベルクの戦い
第六章 コンスタンツの論争
エピローグ

エルサレム奪還を目指す十字軍以外にも「十字軍」が行われ、スラヴ人居住地域やバルト海東岸地域へと進出していった人々がいました。彼らの中でもっとも強大になったのは、バルト海東岸地域を占領し、異教徒たちと戦い続けたドイツ騎士団でした。
このような十字軍が行われた、思想的背景やそのはじまりと結末について書かれたのがこの本です。いわゆる「ヴェンデ十字軍(ヴェンド十字軍)」ともいわれるポーランド北部やバルト海東岸への、ドイツ人を中心とした征服・植民運動のこと。
「ヴェンド」ってのは広い意味では西スラヴ人。当時、現在のドイツ北部東部にも進出していたスラヴ人たちは、ドイツにとってはかなり危険な存在でした。異教徒だし、反抗的だし。そこで、彼ら異教徒を殲滅し、キリスト教を広めるという名目と、そこからの利益を得るためにやってきたのがこの十字軍でした。
「十字軍」というとエルサレムを目指したのばかり有名ですが、イベリア半島にいたイスラム教徒や、フランスなどに広まった異端などに対しても行われたものもありあます。もちろん、代表的なエルサレム行きの十字軍も面白いですが、こちらもまた楽しいです。特に東欧史に興味あるとさらにですよ。

ところで、今、「ヴェンデ十字軍」って言葉を、北東方向への十字軍全体を指して使いましたが、そもそもこの用語の使い方があってんでしょうかね。ヴェンド人が西スラヴ人という意味なら、バルト系民族や、エストニアなどのフィン系民族に対する征服は、ヴェンデ十字軍とは言えないのでは? バルト海東岸地域への十字軍活動はまた別の呼び名で呼んだ方がいいのかもしれません。

イヴァン雷帝関連のことで久々に読み直してるんですが、久々に読むとまた新たな発見も。また参考にして同人誌でも作ってみます。これの情報を補強するような本とか出してくれませんかね。
しかし聞いてましたが、この本はいろいろ突っ込みたい部分も多いです。ロシア関係でも、君主の表記が「公爵」になってたり、人名・地名もいまいちバラツキが。世界史の研究家は、自分の専門以外のことになると、間違いとか結構普通にしちゃったりしますが、これもそんな感じ。

『ドイツ植民と東欧世界の形成』は持ってるんですが、他のドイツ騎士団ものや、バルト三国関係の資料はあんまり持ってないので、また買わないと。とはいっても、もともとそんな資料になるような本は無いか・・・。『ドイツ中世後期の研究』や『プロイセン史研究序説』あたりも重要らしいのですが、まだ未読。
記憶違いかもしれませんが、『カラーイラスト世界の生活史』のどっかに東方植民のイラストが含まれていたような気がします。これ絶版してるらしくて、今更確認できないなぁ。見るなら図書館か?


そうそう、内容の細かい設定とか思い出せないのですが、やまむらはじめ氏の『龍哭譚紀行』の中で、異教徒を弾圧(搾取?)する騎士みたいのが出てきますが、スラヴ人への十字軍活動的なものの感じが出てました。なんか久々に読みたいな。

参照サイト
講談社選書メチエ
http://shop.kodansha.jp/bc/books/metier/

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グルンヴァルトの戦いのゲームもあるよ。『コマンド・マガジン日本語版』No.34死闘!北方軍集団
http://xwablog.exblog.jp/10121947
ドイツから東欧への人の流れの歴史を追う。シャルル・イグネ『ドイツ植民と東欧世界の形成』
http://xwablog.exblog.jp/7908977
ドイツ騎士団などによる北方十字軍についての記事も載ってます。『歴史群像』2008年4月号 no.88
http://xwablog.exblog.jp/8170006
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by xwablog | 2006-08-27 07:17 | 書庫
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